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2017年7月24日 (月)

なんとも思わなくなれなくて困る

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息子がぼちぼち卒業であろうベビーサークルを
ジモティで売りに出したのですが
応募してきた人が一週間ほど連絡が途絶えまして
また再度「今週末に」と連絡してきたので
すり合わせがしやすいようにこちらの予定を連絡したのですが
週末になっても連絡が来ず
しかも息子が下痢して体調を崩したので
このまま連絡のないまま自由にされるのは困ると思い
取引のお断りをしたら今日は何時まで?なんて聞いてきたので
お金は欲しかったんですがお断りしました

どうしてだ、どうしてこんなに取引相手に恵まれないんでしょう?
土用だから?いやその前からだよな
なんて思いつつ、オムツ替えを嫌がる息子にもう一杯一杯
になっていました

これ以外にも昨日はベランダの植木作業に使っていた千枚通し
(キリみたいなやつ)がなくなり、先日ベランダの清掃中に
息子が触ろうとして激しく叱ったので
その時に隠したつもりが実は息子がまた触って下に
落としてしまったのでは!!と半狂乱になって探し
結局夕方に絶対触らないような高いところに無意識に
自分が隠していたのを発見する、なんてことがあったりと

なんでかヒョウの日からずっと心が休まりません

ヒョウの日にベランダに立ちすくむ私に小網さまから
「今度はお前が死んだと思った苗は捨てろよ」
とちょっとイラついたようなお告げを受けました

5月くらいにベランダがいっぱいになってきて
植物の買い控えをしようとしたんですが
その時に小網様から「なぜ控えるんだ?7月には止まるから
そのまま買いなさい」というお告げを受けたんです

その時はまさか7月にほぼ私の居住区限定でヒョウが降り
植物、しかもどう手放そうが悩んでいた多肉植物が
集中的にやられるなんて全く思っておりませんでして
ああ。。。。と思いながら作業をしています

とはいえ親族でもないのにやっぱりチェスターの死に
思うところがありすぎて
捨てると決めた植物を鉢から引っこ抜いたら根が張ってた
みたいなのを見るとものすごくしんどい

心に傷を負って生きる人なんて、もしかしたら
この多肉みたいに棒と数枚の葉っぱのような感じで
懸命に生きているのかもしれなくて
それを中断して棄てるということはまるで自分の手で
何度もチェスターを殺しているような気持ちになって
胸にこみ上げるのです

それでも作業をやめないのは主上の言葉が
引っかかるからで、その先に何か学びがあるのか?という
思いと、自分は弱くて従順な下僕でしかないのか
なんて思いも交錯するわけで大変にマッドな中

背後で息子が植木鉢を倒して茎が折れたりして
私はもうこれ以上おかしくしないで!!などと半狂乱になって
母親の資格がないから児童相談所に電話する!
などとワーワー言って電話で親を呆れさせ
昨日はいよいよそんな親も私に疲れたように感じて
いよいよ吐き出す場所がなくなったなんて思っていました

せめてチェスターの声を聞こうとしてyoutubeかけたら
「む!」と言って息子にスマホを奪われたりとやり場がない
でも一方でなんだか一人で新しい遊びを考えたり
私の膝に登ってたくさんサラダを食べる息子の成長に
ちょっと喜んだりしてまたなんとか頑張っています

いつまで続くんだこれ?
というより明日も明後日もまだ続くのか?
という心境
伸びきった心は休んでいるのか
疲れ切って最後の一撃を待っているのか
どっちなのか、なんて問いをあと何回続けるんだろうか

でも一個だけ学んだじゃないか
命を捨てることは植物だろうが辛い

すいません、暗くて
でも、ちょっと、ここにかけば誰か似たような人と
繋がれるようなそんな気がして
完全にクローズした日記に書くよりも私には
光があるのです、お許しください

チェスターの最後のアルバムになってしまった
one more lightって曲が優しくて沁みるので最後に貼ります

「生まれては消える星屑のような命が一つどうなろうが
気になるやつなんかいるのか?俺は気になるよ?」
多分こんな感じの意味です

私の悩みはくだらないですが、この歌詞が
ベルリン天使の唄の天使みたいに寄り添ってくれることが
救いになる人がいるのではないでしょうか

と、同時に、チェスター自身にこの歌を歌うことができなかったのかと
悲しくて仕方なくなるのですが

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