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2017年6月23日 (金)

ノーバディーズパーフェクトとはいうけれど

息子のことをおおらかで物怖じしない子に育てたいと思っていました
私が完璧主義者で神経症気味で自分に自信がないことで
人生のいろいろなチャンスを逃してしまったという自負があったからです

とりあえずは私の記憶に残っている
よく私の失敗を怒っていたお母さんをやめればそうなるんでないか
と思っていましたがこれがとても無理でした

結局、どうしたら「おおらか」に育てられるのか
どうしたら育つのか
全くわからずに雲をつかむような感じで
良いであろうことは何一つ実感を伴った自信がないので定着せず
気がついたら私も事あるごとに息子を怒鳴りました

疲れて
大事なものを壊されるのに耐えられなくて
もしくはそのダブルパンチで
怒鳴る私に泣く息子

追い込まれていた当時の母の気持ちは痛いほどわかったけれど
そして私の親子関係は良くなったけれど
私は息子と向かい合い、責めてしまうたびに
育児書の言葉に追い込まれ
また自分の過去に追い込まれ

自分には幼児を育てる資質がないのに母になってしまった
無責任な出産をした
と自分を責めるようになりました
私は愚かな母親だからと口にし
子供に怒ったことがないというママの話を聞いては
真剣に息子を誰か別な人に育ててもらわなければと思ったりしました

度重なるウイルス性腸炎はもしかしたらそんな
毎日自分を孤独にさいなむことに耐えられなくなった私が
無意識に発症する神経症の病かもしれない

占いで新規のお客さんがいなくなった今
もう霊能者としての役目は終わったのではないか
真剣に考えました
占いや表現活動の強みは育児には劣等感の元にしかならず
子育ては爪を立てて曇天の岩山を登っていくようでした

いくら人に預けても
植物を増やしても
毎日自分を否定して苦しむのだから
根本的な救いにならない
子育ては私を蝕んでしまう
そうしたらYER BLUESが聴きたくなって

ベビーカーを押しながら
YES I'M LONELY WANNA DIE
と歌い上げて
「マジでそんなだ」と思いながら
ジョンに私が寄り添っているのか
私がジョンに寄り添われたのかなんて思いました

そう、音楽をやったら似たような孤独な魂の人に会えると思った
でもピッチがどうとか楽器がどうとか
終わったから今日も朝まで飲もうとか
なんか考えてみればどうでもいいことにずっと流されて
ジョーストラマーごっこして終わった
なんだったんだろうな

そんな話をベランダで父に電話していたら
息子が出てきてしまって
会話どころではなくなったから
もうどうしようもなくなってしまいました

だから息子に謝りました
「むっちゃんごめんね、私はあなたを幸せに育てられない」
そうやって私が自分の顔を覆うと

かけてきて手を退けてハグをしてきます
それを振りほどき
もう一回謝るとやはり同じことをします

最後は試すように同じことをしたら
めんどくさそうに同じことをしました
「そういえば学校の先生がムッちゃんをとても優しいって言ってたな」
「子供が多くなってこの人数では見切れないって嘆いていたら
肩を叩いてきたって」

。。。。。この小さい人はとても優しいのかもしれない

そう思ったらちょっと息子との付き合い方がわかりかけた気がしました

そういえば岡本太郎も子供の頃から母ちゃんに恋愛相談された
って言っていたからそういう頼りあう親子関係もありかもしれない
(結婚しなくなっちゃうかもしれないけど)

でもまあそういう以前に
「そういう教育をしたわけじゃないけど生まれ持って
悲しんでいる人を放っておかない人」
という息子の生の個性に触れたことで息子を一人の人間として
把握しやすくなった気がしたのです

とりあえずベランダに戻ってから
QUEENの動画を見せてフレディマーキュリーを指差して
「母ちゃんこのちょび髭のおっさんと誕生日一緒だから」
といい、一緒に韓国海苔を摘みました

息子は適当な大きさに切った韓国海苔を鼻の下につけて
ボヘミアンラプソディーを熱唱する母の真似をして
海苔を鼻の下につけました
で、笑いました

育児は孤独で言葉もなくすこともあるけど
でも発見があって山を越えていくな
欲を言えばもう少し整備された道も欲しいんだけど

とりあえずRevolutionのこのかっこいい歪みの元はなんだろう

私の育児はこんな感じです

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