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2016年8月21日 (日)

取り返しのつかないこと、と彼女がいうから心配で

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プレクトランサス・エルンスティが手に入らないので
同じ種類のスウェーデンアイビーを育てて気持ちを押さえ込むアタシです
でも今日数えたら持っている植物の数が100種類超えてました
道理で管理が大変な訳よね
ちょっと引き取ってもらわないといかんよね
でも、まだ新しいの欲しいんだよね
ソングオブジャマイカとかネオゲリアファイヤーボールとかね
もう病気ですよね、病気

吉田沙保里の試合観たんですよ、テレビでライブ中継をね
あんまりCMとかで引っ張るから途中何度も挫折しかけてね
でも観たんです
準決勝の時に隣のコート?でライバルがやられたというアナウンスを
聞いた時に「ん?」と思って
で、マルーリスと彼女が並んで入ってきた時になんかこの試合
ヤバいんじゃないの?と思ったんです
マルーリス、24歳、若さと自信にあふれたキラメキのオーラは
アタシには絶対王者を超えたパワ-に感じたんです
そして、結果がもたらされました

その後の川井さんの金メダル獲った試合も観たけど
やっぱ「違うなあ」と思って
吉田さんの試合はあれは世代交代でした
千代の富士が貴花田に負けた時とか
新潟明訓高校が負けた時とか思い出しましたよ

しきりに年齢を口にしていた彼女は本当はもう引退したかった
のかもしれないなと思いました
最後に四連覇して引退したかったのかなと
だからあんなに負けた後で狼狽したんでないかと
でも彼女が口にした台詞はかなり引っかかるものでした

「取り返しのつかないことをしてしまった!」
え?
何だこの台詞?
「悔しいです」じゃないの?
「相手が強かった」じゃないの?
この彼女の悔しさよりも先に口に出た
恐怖と怯えに満ちた自己の全否定はなんだ?

そっからアタシはずっとマルーリスのオーラと
この彼女の言葉について考えてました
そしてアタシはこう考えています
我が国の偉大なる絶対王者はもしかしたら
とんでもなく自我の成長がとり残された少女なのではないかと

吉田沙保里という人を突き動かしていたのは
「レスリングで四連覇する吉田沙保里でないと愛してもらえない」
という怯えた気持ちなのではないかと
レスリングをしている強い私が他者に愛される私で
それ以外のアタシは認めてもらえないアタシだったのではないかと
だから敬遠するのが当たり前みたいな日本選手団のキャプテンも
受けられたのではないかと
周りの期待にこたえる事が私を愛してもらう資格を得る事だと
彼女は考えてきたのではあるまいか
そもそもがそのレスリングをやらないと愛してもらえない
という基準を作ったのは父親で
彼と死別した彼女はずっと愛情と自我の置き場所について
悩み彷徨っているのではないだろうか

普通は負ける等の挫折でやるかやらないかを自問することで
自我はなんとなく育っていくのだけど
彼女はあまりに強過ぎたから、心が少女のままなのではないだろうか
だからこそ負けてすぐ家族のもとに泣きながら飛んでいったのでは
ないだろうか?本当は「ごめんなさい」じゃなくて
「おかあさーん怖いよう」って言いたかったのではないか?

沙保里さんにとってのレスリングは物心ついたときからあったもの
でもマルーリスちゃんにとってのレスリングは親に反対されても
自分の意思で選びとったもの
「私は反対されても闘いたかったこの人と闘うためにここにいる」
という夢を叶えた喜びの力の前に
「勝たなければ愛してもらえない」というプレッシャーまみれの恐怖が
負けた、アタシにはそんな試合に見えたのです

マルーリスちゃんの人としての自信と責任はレスリングから
離れても存在するけど
吉田沙保里の自我は今から作り上げなくては
ならないのではないか?
彼女は今相当精神的に参った状態ではないだろうか、大丈夫かな

これはあくまでアタシの仮説
んなことないよな・・・ないよな・・・・
アタシの父も「彼女は研究され過ぎただけ」と否定したけれど
でも、もしそうだとしたらアタシは彼女が心底心配

 

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