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2016年5月31日 (火)

自己愛と子育て

自己愛と子育て
Pasta e Vino Keiでのアヤさんの写真展が終わり、
その搬出に来た日おおつか音楽祭があり
橋本君が出たので皆で観にいきました(ハッシー写真なくてごめんよ)

ずっと避けていた夢今にまつわることをブログに書けたのは
この日久々に彼のステージをみたことも大きかったかもしれません

アヤさんが撮った↑の写真をみたときに
「あー自分こんな顔するようになったんだなあ」
とつくづく思いました

前回の文章をあげたあと、アタシって労働で愛を買おうとするとこ
あるよなあ、これが人生のつまずきの原因の一個だよなあと
気付いたんですが、じゃ、愛ってどこにあるのよ?と更に考えたら
ああっ!と思ったんですね

愛はアタシの中にあるじゃないかと。
人間は誰しも自己愛が標準装備されているんだって気付いたんです
結局親は子供が自分の自己愛を満たそうとする時に
一番にそれを応援して、
最初に自分を一人の人間として認めてくれる人になりゃいいのだろうと

アタシは愛が足りないんじゃなくて、自己愛を満たすことを
承認してくれる相手を求めていただけだったんですよ

私は極めて一般的に育ちましたが、今思い出すと結構母が怖かった
記憶があるんです。
箸が上手く使えなくて食べ物を落としたのを怒られたけど
母が自分で落としたときは怒られないのをズルいと思ったり
周りの友達が母親の事をママと呼んでたので真似してみたら
「ウチにはママなんていません」と冷たく言われたり
とにかくそういう記憶が多い、でもって小学校あがったら
友達と遊びたいけど毎日出て行ったら怒られそうだから
回数を決めようなんて思っていて、これってあきらかに既に
親の顔色をみていたよなと思うんです

母はおそらく弟と二人の育児が手一杯だったんでしょう

ただ顔色をみて安全な範囲で行動するようになったアタシは
20歳を過ぎた頃、その基準となる柵がなくなりパニックするように
なりました。自由なはずで、それを求めているのに、柵を探してしまう
そんな人生だったと思うんですよ

ただこれって日本では珍しくないことなんじゃないでしょうか
占いの顧客として集中するアラサー世代はカミサマの言葉を
柵の代わりにしているような部分を感じる事がありますし
ウチの近くには英才教育の塾みたいなものがいくつかあるんですが
そこから子供連れて出てくる母ちゃん達の余裕がない顔つき
をみると同族嫌悪を感じたりします
あくまで主観ですが、なんか子供をきちんといい子にして
親の教育が悪いって後ろ指さされないようにしよう、という
そういう気持ちを感じてしまう。
もしそうだとしたら、このタイプの親御さんってのはやっぱり
自分が子供のころに親にそういう反感を抱いたのではないかと
思ってしまうのですね、ほんと、アタシのただの主観だけど

武家の子なんだから武士であれ
長男なんだからちゃんとしろ
女の子なんだからおしとやかに
なんて歴史物の台詞から私の子供時代に聞いた台詞を思い返すと
子育っててのはとある鋳型に粘土みたいにホニャッとした子供の自我
を叩き込んで成形する様な感覚で行われてきたように感じるんです
ここ日本では

でも、自我ってのはすでに親がどうこうする前からあるんですよ
うちの息子も最近は喜んでアタシや何やらを指差しますが
これは指差しなさいって言った訳じゃないですもん

息子には息子なりに世界を見た結果、やってみたかったり
ためしたいものがあるんです
だからアタシはそれを普通に友人と対峙する延長のように
接して、この人は話をとりあえず聞いてくれると安心させればいいのだ
と思いました。
と、同時に彼が自分を愛せるようにお膳立てが必要なので
お互いの折衷案みたいなところで要求を満たす事を考えはじめました
それが出来ないときは「もしこれが息子じゃなくて夫だったら?」
と置き換えます
あとは、与えちゃいけない食べ物とかを
「幼児という生体のマニュアル」
として頭に入れておく
怒る人もいると思いますが、猫を飼ったときのことを
参考にしました

具体的な事で言うと、息子が読みかけの本を齧ったり破ろうとし
それをとりあげて泣かれたら、代わりにどうでもいい広告の冊子を
あげる。もしくは泣かれる前にそれをやる。
この場合、彼が紙で出来た本を破ったり舐めたりしたい
という要求をきくわけです

あとは、息子が麦茶のストローをパックから引き出してよく単体で
遊ぶのも片方の先端が尖っているんで良く取り上げてましたが
最近はハサミで尖った部分を切って返したりします
彼がストローという素材を楽しみたいという欲求は妨げないんです

あと、絵本を破っても究極怒らないで見守る必要もありますね
これは「彼の本」だから、それが嫌ならアタシの本をもう一冊買う
くらいの気持ちはいるかもと思いはじめています

と、こんなことをはじめました。

そうしたら子供と向き合うのがだいぶ楽で楽しくなったんですよ
なんか色々マニュアル読んだけど、いらねーじゃんって。

息子には自分を好きになって欲しいです
将来何か意見が合わなくて孤立することがあるとしても
母さんみたくありのままの自分をみつめてくれる人が
どこかにいるはずだ
と思ってくれたらサイコー

なのにさっき寝かしつけの時、バスクリーナーの詰め替えを
最安値で売ってくれる通販会社を探し当てるのに夢中になって
スマホをいじってしまい寂しく寝かしてしまいました・・・あーあ
理想と現実はどうもまだアレです

でも、愛情を伝える機会はたくさんあると信じて
引きづらないようにします

↓の写真は今日の夜から見られる萩原さんとお友達の二人展
がらっと雰囲気が変わりました。6/25には参加自由のオープンマイク
期間中2ヶ月間、弁財天パスタも売り出されます
是非またお店にいらしてくださいね

ちなみに私の鑑定予約、六月はがら空きです

 

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2016年5月28日 (土)

夢今オーガナイザーの栄光と没落

27歳の時にずっと憧れていた音楽を始めた
いろんな場所でライブハウスのノルマへの不満をきいたり
ライブハウス側の不満を聞くうちにそのことが気になってしまった

ただ不満を言うんだったら何か行動した方がいいよな

そう思ってある日イベントを始めた
夢よりも今を語れ、通称夢今、ゴロがいいから当たるだろう
根拠はないがそう確信してイベントをはじめた

最初の頃はやっぱり自分でもイベントをやるような尖った人が多かった
それで夢今に出て自分でも何かやるんだけど
ポイントがちょっとズレているんだよなあと思い
やるんだったら、ずっと続くものをして欲しいよなと思い
数年イベントを動かしたある日手の内を全部ブログに書いた

これでいいなと思ったが、返って来た反応は
「イベントについていきます」というものが多かった
アタシは「あれおかしいな?」と思いはじめたが
対処の方法も浮かばなかったのでそのまま続けた

でも本当はこの時点で一回止めたら良かったのかもしれない
そして私はいろんなものを載せ込みすぎた

「これから」という小さなライブハウスやバーと
ミュージシャンが出会うことや
生活が大変になって普通なら音楽活動をやめてしまうミュージシャンを
15分の魔法で続けさせたいとか
ただシンプルにミュージシャンと詩人と画家とライブハウスが
負担の少ない条件で出会えるようにしたい
という当初の目的から随分と願いが広がった

そしてコインマッチという制度を導入した
これは自分の中では画期的な仕組みだったが
結果的にアタシの心をぶっ壊す一因になる諸刃の剣だった

これにより、集客を棄てても自分の音楽に向き合うタイプ
集客を頑張るタイプ、どちらのミュージシャンにも平等に
収入の機会を与えられたのはいいことだったが一方で

いつもギャラが発生するミュージシャンが決まって来て
彼らのやる気に反比例してコインを集められないミュージシャンが
内向的になっていった
絵心ゲストで呼んだアーティストの感想が芳しくなくなってきた
会が予定調和になって集客が落ちていった
なにより、新しく参加したミュージシャンの居場所がなくなっていった
これは私の望んでいた方向性ではなかったため
アタシは大きく苦しむ事になった

本当はコインの稼げないミュージシャンと話して
どうやったらこの状況を挽回出来るか、なんて作戦会議をしたかった
そんなことばっかり考えていたから次はもうライブハウスを
やるしかないかなと思った
でも、休む事を決断出来ないぐらい疲れていた

そして、どこかで夢今の出演者も関わる人も家族だと思っていたから
やめる決断が出来なかった

ある日、会が制御不能になるという事態が起きた
私はいつも夢今をベタ褒めしている参加者に助けてほしいと望んだ
しかし彼らはその人達をなんとなく冷たくするというレスポンスで答え
アタシはそれが相当堪えた
そんな村社会をアタシは望んじゃいなかった

家族だ、という感覚が揺れはじめた

そんな中私には立て続けに出演者同士の仲違いの仲裁や
確実に人を傷つけるかもしれないネタの映像の公開の有無
など熟慮が難しいトラブルがたて続いた
しかしワンマン営業のイベントだったため、
それらと一人で対峙するしかなかった
「はきそう」「もう死にたい」
眠れないでパンパンの頭でそう呟く事が増えた

「夢今はいつも人が集まってるから大丈夫」そういわれる一方で
アタシは映像を作ったり紹介の文面を変えたりあがき続けていた
主催者からの素晴らしい映像、そういわれるより
同じように多方面から何か斬新な告知を、紹介を考えてくれないものか?
出演者にそんなことを望んだが上手く伝えられない

私は既に新しい曲を書く事も満足いく練習も出来なかった

そんなある日、懐かしい人がイベントに出てくれた
そのあとその人と飲む機会があった
その別れたあとのメールにこう書いてあった

「六九狂ヴィヴィアンをもっと大事にしなよ」


泣き崩れた


私はこのままいくともう音楽をやれなくなるだろう
それでオーガナイザーになっていくんだろう
彼らのために?
本当に自分を犠牲にするの?
ステージに立つ事が生きてる事だ、思ったものが消えていくのに?

アタシはこの辺りでずっとこんなイメージを考えていた
オーガナイザーの松崎ミトラというアタシが
六九狂ヴィヴィアンの首を締めている
ふたりの力は拮抗していたが、ついにミトラの力が勝ちはじめていた

「あああああああああああああっ」

もうこう叫ぶしかない断末魔の声でヴィヴィアンはもうちょっとで死ぬ
でもミトラであるアタシもあまりに辛くて泣いていた

夢今のアタシと、歌うアタシはどっちも必要な親友だったのに

そのことがいたたたまれなくて何にぶつけていいかわからなくなって
そしてアタシはステージで喚いてブログに文をぶつけた
そしてアタシは、妊娠した

妊娠で肝心な事はうやむやになった

書いた文章について、意見がない訳ではなかった
年末の飲み会で、ある参加してくれてた人から

「そもそも表現者同士はライバルであって
ファミリーなんて存在しないのだ」
と言われた

霊能者なんて仕事をしていると実際に届いた言葉を
天の声だったりその場の真実だと思いがちだ
私は、それを寂しく受け取った

悪阻で苦しかった最中、占いのお客さんが
必死で私を助けようと連絡をし続けてくれたことも寂しさに
拍車をかけた
夢今で、ああしてくれ、こうしてくれ、と言ってきた人たちが
一斉に沈黙した
あれだけ必死にやってきた音楽で自分に何かあった時に
誰も傍にいてくれない様な人脈しか作れなかったのかと
考えた

それでも妊娠の身体を押して40回までやろうとしたのは
せめて数の達成感だけででも自分を褒めたかった
しかし、それすらも身体が許さず叶わなかった

やれなくなりました、ごめんなさい
方々に頭を下げた時、あっさりと受け入れられたときも
安心したのに寂しかった
自分が自分を殺しかけてまで守ろうとしたものは
あっさりと受け入れられるくらい単純に終われるものだった

音楽からイベントから、身をひくきっかけが
絶望ではなく妊娠だったのは御上の恩情だったのかもしれない
そんな風にも考えた

夢今を、もう思い出すのも嫌だと思いながら同時に
どうしたら今でもやれたんだろうと思う

ただ一つだけ分かる事は、
自分を投げ打って何かにのめり込みすぎる人間は
一生懸命生きているのに
「幸せな人生だった」と思う事が難しい
できればやめたい生き方なのに
慣れ親しんだ居心地の良さが邪魔をする

そんな最近、あるお客さんがくれたキヨシローのCDをかけたら
キヨシローさんの声がした
「ベイビー、音楽はすぐに伝わるって思うだろ?
でも実は時間がかかるものなのさ」
「そんなもんすかね?」とアタシは呟いた
「そんなもんさ」そういって微笑みながらマボロシは消えた

そんなもんすかね?
よくわからないから今日もアタシは母ちゃんという仕事を
全力でやっている

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2016年5月26日 (木)

ノイズを減らせ

ノイズを減らせ
教え子の中に息子と同学年の赤ちゃんを産んだ子がおりまして
彼女が遊びにきた時に使っているもので妙に気になったものを
買いました

おしりふきのふた、大体300円

「えー別にふたなんぞなくてもテープあるじゃん、テープ」
と思って買わずに来たんだけど信じられないほど
便利だったんだなこれが!!

ティッシュがすぐとれる!
乾かない!

私は悟りました。育児とは、ただでさえ神経に負担をかけるものなので
こういう小さなポイントからでも楽さと快感を追求する事が大切なんだと

この一件以来私は、いろいろなものを買い試すようになりました
沢山いただいたから買う必要はない、
と思ってきたベビー服も買いました

はー幸せ

出産後から半年以上経ったので余裕が出来たのかもしれませんが
使うのは少しでも、楽だったり楽しかったり嬉しかったりするものは
買った方がのちのちの思い出が幸せになることを知りました

短いからこそ、思い出を強烈に刻んで、他の大きくなった日々より
負けないようにする・・・最近はそんな育児生活です。

そして結果、メルカリにハマりました。
だれか私のコード入力してメルカリやってくれないかな・・・
300円はいりますよ、300円
こうして結局出費のドツボにはまりつつあるアタシです。

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2016年5月22日 (日)

松崎ミトラとその園芸

松崎ミトラとその園芸
松崎ミトラとその園芸
先々週、気持ちがぐしゃぐしゃになりまして
「もう駄目だー飛び降りてやるー!!」なんて思いながら
ベランダに出たらなんだか急に気持ちが楽になったんですね

はて、夜風もあろうが何でだろ?と後ろをふりかえると
なんだかんだ育ってしまった植物達が目に入ったんです
ああ、これか、植物ってすげえな!!
そう感じて以来より一層園芸作業に没頭するようになりました

手間はかかってしまうけど、緑にふれると気持ちが落ち着くと
実感した訳で、結果、園芸は適応障害の再発の予防になる
と確信したんですね
そしてそれ以降、ちょっと疲れてきたらふらっとベランダに出る習慣が
つきました

いいですね、グリーン。なんだかんだ彼らから学ぶ事もとても多いです。

育児の大変な所は気が抜けない所だと思います
ちょっと気を抜くと「マジかよ!!」と思うものを口に入れたり
触ってくれちゃっている息子

作業の中断もたくさんあるけれど
夜中にも授乳のために起きてぶつ切り状態の睡眠の中
やっぱり常に意識を2方向に長時間持続するのは
夕方当たりにぐっと脳を疲れさせます

したら脳を活性化させたくて甘いもの食べちゃいますよね
世の母ちゃんがふっくらしてしまうのは
運動量がそこそこでなくても脳の疲労をとるために
甘いものガツガツ食べちゃうことに原因があったりしないでしょうかね

最近はそんなことを思ったりします

さて写真はそんな私の園芸でも増え過ぎたもの2点です
上が入谷の鬼子母神のあさがお市で買った朝顔の種からでた
今年の新芽で
下が2年前にお客さんから「幸せになりますように」と願いをこめられ
譲り受けたワイルドストロベリーです

入谷の鬼子母神さまは子宝とか安産ですよね
朝顔の種は数年保存にむかないというので期待せずまいたら
結構育ってしまいました

ワイルドストロベリーはネットで調べたら恋愛に効くらしいですね
実を食べたら駄目と書いてありましたが
アタクシ、ガンガン食べてましたよ、そしてその年末に妊娠しました
しかも水あげてただけで株分けできるくらい育つとか
どんだけ強いんでしょう

とはいえ子宝安産に限らず、もし欲しい方がいらっしゃったら
差し上げます写真の苗達です
朝顔は最大6鉢、ワイルドストロベリーは3鉢です
鑑定のついでに手渡し出来るのがベストっちゃベストかも

FBでも募集かけたんですがそれでもこんだけ残っています
いっそメルカリとか出しちゃおうかな。。。

緑を思って今夜は寝ます

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2016年5月18日 (水)

未来人に夢中

未来人に夢中
今日は区の健康診断でお会いしたママとそのお嬢さんと
Keiさんでランチしましてペスカトーレを食べました
満腹過ぎて子供達が泣き過ぎてデザートに行けず
Keiさんはあんまりにも頻繁に私と息子が店にくるので
息子の泣き声の特徴がわかるようになっちゃったみたいです笑

さて、一方で私は2062年からきた未来人さんにハマっていまして
暗号と写真を見比べて過ごしております
なんとなく、今回はこうするんでないか?なんて思う瞬間はあるんですが
そもそも解けるIQもないのに同時に解けたら秘密に出来ずに
ブログに書いちゃいそうでためらいがあり、堂々巡りなのですが

ただそうやってその人の頭脳に触れようとすると
ああ、この人めっちゃ頭がいいんだなあ、ということに感動し
自分のキャラの崩し方に親近感もわくのであります

ジャガーという人と彼の口調が同じ感じなもんで
同一人物かなあとも思うんですが
霊視でみるのも野暮過ぎてやっぱりここにも触れられない

でも彼の思惑にふれたいと熱望する過程で
アタシはどういう訳かアマテラスというカミサマは
やっぱり日本とその民を本気で守りたいんだなあという
愛情を感じてしまったのです

2062氏はそのアマテラスの思いを暗号というコミュニケーション
を使って投下しているんだろう、とふと沸き上がるように感じてしまった

じゃあ、アタシが自分とその繋がりの人に同じことを伝えるなら
なにかというと、とにかく迷ったらアマテラスの愛を感じなさい
というコレに尽きるんですよね

アタシ達はたくさんのパラレルワールドのうちで
アマテラスが遷宮以来、必死に日本を最小限の被害で
守ろうと奮闘している世界に住んでいて
その8割は受け取れるであろう彼女の愛から
こぼれ落ちる2割の時に自分の力で生き延びるために
その力を温存する、という感覚に迷ったらかえる

不完全な状態の彼女ごと肯定して愛する

勿論今回の熊本の地震で亡くなった方、その大切な方が亡くなって
悲しみにくれる方がいる中で自分の発言は不謹慎だと思うのですが
これからの日本を生きていく中で大事な事は何か?と
聞かれたらやはりこう答えるしかないのです

別な言い方をするとそうですね
自分達は宇宙の生命を産み出したり生かす力とジョイントしていて
排斥されるがわのエネルギーとは関わっていないと信じること、
になるでしょうか。

はい、今日伝えなきゃならないと思っていた事は書けました。

たまにはこういうイカレタ事を書いてもいいですよね
たくさんの困難や悲しみが待ち受けているとしても
我々の未来が明るい方に繋がっていると祈り信じる事が
出来ますように

あ、息子が起きちゃった・・・・

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2016年5月17日 (火)

金運のカミサマを逃した話

金運のカミサマを逃した話
近所のショッピングセンターでもうすぐ閉店の店があり
そこのセールに日参しているのですが
先日そこで今まで気付かなかった金の招き猫を発見しました

なんかね、あきらかに「何かが入っている」輝きでしてね
あ、これ金運の神様はいってるよ、わわわあ
と思って手に取ったんですが
あいにく父と息子が一緒だったので立ち止まって会計を済ます
余裕がなくカミサマに

「縁があったらお会い出来ると思うので後で来ます」と
言い残してその場を一旦去ったんですよね

そこから何故かばったりママ友一家に出くわすとか
この日のお客様が長時間利用でお金が多く入ったとか
お金の使い方に対して良い気付きがおきたりとか
明らかにカミサマを触ってから流れが激変したんです

それで夕方早く迎えにいきたかったんですが
夫が先に夕飯の買い出しを済ませたいなど主張があり
外出出来ずじれじれしながら待ち、やっと外に出たのですが
そうしたらカミサマはもう売れてしまっていました・・・

縁があったらといいつつ、どこか自分がお迎えできると
信じていたアタシはそのことに非常にショックをうけました

ああ、カミサマ、今どこへ・・・
アタクシ億万長者になれたかもしれないのになあ〜〜〜〜
とがっかり

正直まだ引きずっていて何で駄目だったんだろうと
思ってるんですがたぶん
「きちんとお迎えしよう」とか考えられた時点で
まだコイツには余裕がある
とみなされてしまったのかもしれません

いやもう、キラメキを感じたら即ゲットしなきゃあかん
と反省しました。
(しかしそのキラメキゲットで随分とここまで
衝動買いを繰り返した気が・・・)

そんなわけで悔しさもあったんですが、その3日後くらいに
「使う予定はないが何故かずっと売れ残っていて気になるもの」
だったこけしさんのへその緒入れを買ってしまいました

ウチの息子のへその緒はもうしまってある箱があり
彼女を飾ってあげる場所もなければいい使い道も
見つからないんですが・・・ハテ

これはギフトにするものかしら?
それとも使い道が見つかるものかしら?

もしコレを見ている方で
「この子はウチの子だと思います!是非ウチに!!」
という方、いらっしゃいましたらご連絡下さい

ところで出産前にお客さんに聞いて焦った事に
「最近の病院はへその緒を棄ててしまう」
というのがあります

アタシの場合、生んだ日に病院に伝えてもらったはずなのに
生後3日目ぐらいにお風呂からもどってきたら縛ってあった
長い部分がポイ(というかカット)されていてあとは
本当にちょこっと蓋みたいな部分が残っているだけに
なっていました

助産師さんに聞いたら
「あーすてましたよ〜」
なんてあっさり言われたものですから
そっからは入院中にその栓状態のへその緒まで棄てられたら
まずいと思い、ずっと入浴時に息子を渡す時に
小さな桐の箱と「臍の緒棄てないで!」と書いた紙を
常に渡していました。

やーなんでしょう?時代?
ちょっと切ないぼやきでした。


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2016年5月14日 (土)

ウーフゥ

ウーフゥ
昨日、息子が泣いたのと自分の鑑定疲れを癒すために
夕方のサンシャイン水族館巡りを決行いたしました。
閉館近いとサンシャインはベビーカーでも入れてくれるみたい
空いてるし大変助かります

最近の息子は好奇心の塊となりつつあり、
ケアが大変になりつつあるものの面白くもありますが
どういうわけか数ある水槽の中でイカの水槽にご執心

息子:「ウーフウ!!」

アタシ:「え、たいちゃん、イカなのイカがいいの?!」

息子:「ウーフウ!!!!」「キャッキャッキャッキャッキャ」

乳児心がまだまだわかりません

さて、そんな息子ですがイカ以外にも興味津々だったものがあります
それは幼児です。
小さな子供が近くに来ると食い入るようにみています
(特に女子ばかりな気がしますがそこは考えない事にする)

どうやら年齢が近い子に興味津々な様子

そんな訳で最近は区民ひろばなどにいき交流を求めるのですが
どうも赤子同士が存在に気付いてお互いに手を差し伸べようとすると
全力で母ちゃんが引きはがしにきます
「ダメッ!赤ちゃん触っちゃ!!」と本当必死。
こっちも流されそうな勢いです。

息子もなんで相手の子が近づいてくれたのに
離されちゃったんだろう?的にちょっと不安げな顔をします。

どうやら現代の母親は親同士が揉め事に発展しないように
避けちゃうんですね。子供を守ってるというよりも
子供が何かして相手の親と気まずくなるのを全力でさけてる
ように感じてしまいます。
私も「大丈夫です、私別に多少ひっかいても怒りませんよ」
等と言ってみるのですが、なかなか子供同士に任せられない

私もそりゃ正直、ドキドキしますが子供同士が交流するときは
もうそこは子供の世界であってまずは見守った方がいいと思うんです
でないと親が親友まで選ぶ事になる気がしてちょっと怖い
というか、このままいくと
「お母さんが選んでくれた」or「お母さん同士が仲がいい」子だから
トモダチになって大丈夫って思うようになるんでないか?

これ考え過ぎですかね?最近ずっと悩んでるんですよ。

そんなわけで区民ひろばに行く事に意味はあるんだろうか?
もしくは他の子に興味を持ち出した息子の興味を育てるために
保育園に連れて行ったほうがいいのではないか?
そんなことを考える私です。

皆さんはどう思われますか?




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2016年5月13日 (金)

大変にご無沙汰な気分で…

大変にご無沙汰な気分で…
タイトルの通り、なわけですが皆様、
土用中いかがお過ごしでしたでしょうか?
正直私の感覚ではまだ土用な感じなのですが
土用予報の注意の記述が明日までなのものでそろそろ
書いても良い頃かなと・・・

この土用はほぼ土用直前に起きた
熊本と大分の地震の事が気にかかりつつ
自分にも色んな変化があってそれを受け入れつつ
過ごしておりました。

熊本、大分に大切な人がいる皆さん、大丈夫でしたか?
住まわれている皆様はどうでしょうか
1日も早い復興ができますように・・・・

私はいつもこういう時、考え過ぎて結局何も
行動出来なくなることが多く
今回も何かしたとして一過性の偽善で終わるのではないか?
など悶々としてしまったのですが

やらぬ偽善よりはやる偽善で、やらねば何の反省も学びも
ないだろうと思い、色々調べた結果ふるさと納税をしました。
(とはいえ金額的には本当に微力な感じだったのですが)
いやでもやっぱり、こういうとき自分って本当不甲斐ないです、
すいません。

東日本大震災のあと、私はやっぱり何も出来ないなあ
と思いながら東京で仕事をしていたのですが
そのときにとあるお客さんが、自分の恋人の妹さんを
連れていらしたんですね、その方は震災の後
こちらに避難してきた方でイスに座るとか細い声で
「何か、希望が欲しくて・・・」
と仰ったんです

占いは時に残酷で、この方にも100%ポジティブな情報が
提供出来るとは限らなかったんですが
この時は自分、いい材料をみつけようと必死だったのを
覚えています
必死過ぎて内容は忘れてしまっていますが
「東京にいる私にもここにいる事で出来る事があるのかも
しれない」
そう思ったのを覚えています

もうすぐ息子が起きます、今日も自分に出来る事をしなければ。

土用中に引いた風邪がまだ残っています
おかげざまでぼちぼちと鑑定依頼も戴いております

FBはほぼ友人限定にしてるのもあって
ボチボチ投稿していたんですが
最近注意力が欠けているのもあって完全公開のブログに
書き込むのにちょっと勇気がいりますね。
んー弱っているのかなあ・・・

画像はうちで育てているトマトです。
実がなりだしました。

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