めげずにやれるかな・・・?
「ちょっと旅行みたい」といいながら夫は荷物をつめました。
今日からいよいよ教育入院です。
昨日親に息子をみてもらって夫と一緒に病院に行ったのですが
厳しくてちょっと癖のあると噂の医長は、実はハンジさんタイプの
可愛らしい女性でちょっと安心。
入院もさせていただきたいとこちらから申し出たので全ては
スムーズにいきました。
(働き盛りの年代だと入院に難色を示す人が多いらしい)
ただ改めて言葉で
「糖尿病は長くつき合う病気です、発病が早い分糖尿病の
歴史が長くなるので合併症のリスクがあがりますよ」
と聞くと胸にはずーんときます。
思わず先生に「でもちゃんと気をつければ発病リスクはさがりますか!?」
と聞いてしまったくらい。
夫にはしっかり身体を休めてきてね!というくらいですが
問題は料理が出来ない女がはじめての
母一人子一人状態になる二週間です。
いやまあ、そこはコンビニとかでなんとかするにしても
問題は壊れやすいガラスの精神部分でしょうか。
考えてみれば様々な事情で母一人子一人、もしくは子二人以上と
独りで闘っている女性はたくさんいる訳でだから弱音は吐いちゃいかん
のだけれども、私の場合
「泣き止まないから辛いとか思っちゃ駄目だ、これで泣き言言うなんて
だからアタシは甘えているんだ、駄目なんだ!!」
と思いっきり自分を責めまくりそうなんですよね
とりあえずメチャクチャあり得るので、ちょっとFBに事前に懸念を表明し
「も、もう言ったんだからこの線はなしだぞー」と自分に暗示をかけたり
手伝いにいこうか?と言ってくれる親に対して
「葬式の後処理があるんだ、甘えるのやめよう」と事前に気持ちを
押し殺すんじゃなくて、その懸念を伝えて、いいとこで折り合う努力を
したりなんてことをしています。
でもどうしてもこうやって自分をせめて負荷かけて
ヒーヒーいいながら乗り越えたいという自分がいるんです
それは上手く甘えられないっつーのもあるんですが
そうすることで自分またより一層強くなれるんじゃとかいう
幻想があるからなんですよね。
心のどっかで自分を非凡なヤツと思いたい幻想ってヤツです。
難しいですよね、普通に生きるってことを大事にすればいいのに
普通にくらしたら誰からも愛されないという恐怖がある
自立して手がかからない人になると相手にしてもらえないと考える
この気持ちは何なんでしょう。
もう子持ちのアラフォーなんだぜ?本当に。
一方で20歳前半までのアタシは滅茶苦茶おしゃべり
予備校時代は3時間聞き役を前に喋り倒してさらに長電話して
さらに気持ちをノートに書いて、そして勉強という生活を毎日でした
電話代が半端無かったですよ・・・
そしてこれってすごくうざくて迷惑じゃんと年齢を重ねて考えるようになり
むしろ自分を抑えて聞き役になる努力をして今に至るんですが
(出来てるかは謎)そうなると精神が破綻しやすくなって
最近は変に抑えないでお喋り野郎でもいいんじゃない?
そんでもつき合ってくれる人はいるんだしさあと思いはじめてもいます
そんなアタシにとってブログは読むのが辛くなった人が
読むのやめたり調整がしやすいという点で遠慮なく自己を開示しやすい
ツールな訳だったんですが、でもこれって一方で現実に人と話す時に
メッチャ情報量の格差を産んでかえって友人を作りづらくしている
気がして、最近それで書く回数を抑えたりもしてるんですが・・・
うーん、ドツボ?考え過ぎゾーンきてるかな。
でも今はこの小さい人の笑顔があるからやっていけるかな
本当にここだというタイミングでこの世界に来てくれてありがとよ。
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