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2015年12月31日 (木)

来年も…


日付け変わって今日の紅白はひたすらX JAPANが楽しみです。
YOSHIKIの祈るような打ちつけるようなプレイが観たい!

30日は夫の職場の大掃除と忘年会。
残り物を調理したささやかな晩餐にお邪魔して
来年もこうして過ごせたらよいなと思いました。

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2015年12月29日 (火)

クリスマスのこと

クリスマスのこと
今年のクリスマスは初めてチビと一緒。
夫は自分でもたべられるローストチキン
(市販のタレ付きではなくハーブを多用したソルト風味)
を前日から仕込んでささやかな晩餐調に。
クリスマスのこと
昼は豪華なケーキを買い込んで、ウチの親を呼んで
お寿司と一緒にたべました。

切り分けたケーキを食べながら父が
「うん、美味しいね」
と静かに言いました。

今年は夢今も幡ジャンも年賀状の撮影もない12月。
でも、なにげないことの幸せをその場で噛み締めながら
穏やかに静かに過ぎていきます

ちなみに、乳腺炎になるまえにケーキは注文しちまっていたんですが
一枚目の写真にある缶(アサヒのノンアル飲料)が脂質と糖質を
オフにするらしく、お守り代わりにそれを飲んで、オッパイにキャベツ貼って
ミントティーを飲んでたら過度な悪化はせず現状維持でいけています。
(キャベツとミントは乳の過剰な分泌を抑えてくれるんだぜ)

今現在は乳腺炎対策ハーブティーを飲んで様子見です。

さて、また息子が泣いてしまいました・・・育児に戻ります。

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2015年12月22日 (火)

一年、三か月、二週間

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息子が産まれて今日で4ヶ月が経ちました。
彼が産まれて24時間経った時に
「ああ、やっと24時間か・・・」と思ったのが嘘のよう。

そして実は今日が妊娠発覚から1年の節目でした。
夢今への言葉にできない思いを書き連ねた最後にぽろっと
書いた妊娠のこと、そっからも1年。

現在息子は乳児湿疹が治り顔立ち最強の出で立ちです。
ステロイド、すごいっすよね、三ヶ月は煩って遂にはじくじくしだした
湿疹が1日で治りました。
三、四ヶ月検診の時に保健士さんが
「最近の研究では乳児湿疹は放置するとアレルギーに移行する」
といい、治すようにすすめ
彼を診察した小児科医は「まだ治さなくていい」といい
えええ、どっちよ?!と思いましたが病院連れて行ってよかった。

そして夫が二週間ぶりに正式帰宅
一年、三か月、二週間
食卓に並んだ本気料理をみて、ああ夫は帰って来たんだなと思いました。
これからはとにかく野菜を欲する家になる我が家
(糖尿病は急激な血糖値の上昇を防ぐため、
食事の最初に山盛りの野菜を食べるのです)

ぶっちゃけ早く私も稼ぎたい!!

しかし、仕事の再開の前に手始めに1年分のレシートを整理して
確定申告の準備を終わらせてからと思っているんですが
そこにいけない!!困ったもんです。

でも確定申告には期限がありますから3月にはおそらく
なんとかするでしょうという昨今です。

おまけ
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ようやくお披露目、ぽざわるりさんに作ってもらった
スタイで丸尾末広ペアルック!
結婚二年目くらいに夫に誕生日プレゼントで買ってもらった
Tシャツのうちの一枚を改造してもらったのでした。

この時はまだ生後一ヶ月経ってなかったですね
とても小さく思えるわ。

 

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2015年12月21日 (月)

赤ちゃん全盛期

赤ちゃん全盛期
自分が子持ちになったせいか街を歩く親子連れに目がいくようになり
ずいぶんとクマと化した子供をエルゴッている親御さんをみます。

だもんで、ありがたい戴きものの中から
自分の息子もクマにしてみたんですがこれがまあカワイイ。
少なくとも親殺しです。

そしてクマウエアは大変に便利。
足先まで覆ってくれるので靴下を持っていって着脱して
その結果無くしてしまう心配がない!
まさに全身をクマなく覆ってくれるのであります。
ただ暑くないかだけが心配です。

クビのすわった息子はもうすぐ4ヶ月
新生児用のインサートがなくても持ち運べるようになり
重いけど抱っこが嫌になる重さではなく
まだ母乳期間なので食事に悩む事も無く
しかしあの母親に愛おしい狂おしさを抱かせるモロー反射を
まだ備えているのにニッコリ笑える

とまあ、あらゆるいいとこどり加減がまさに今
赤ちゃん全盛期だなと思います。
藤原道長的にいえば「かけたることのなしとおもえば」です。

一番の贅沢はやっぱり、今が大切と思える時期に
その大切さを自覚して過ごせる事なのではないでしょうか
最近は特にそう思います。



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2015年12月19日 (土)

誰のための祈りなのか

誰のための祈りなのか
先日、夫の栄養士さんとの面談と糖尿病教室、
息子の離乳食教室がすべてぶつかった日がありました。

サクサク歩いて頭を使って半日以上動き回ったので
最後に久々にカフェによりました。
大好きなウインナコーヒーに、読んでみたかった雑誌
入ってみたかったカフェ

たった15分でしたが周りに優しくなるのには充分な時間でした。
濃密で豊かであることって大切だと思います。

この間、ずっと母が留守番してくれていました。
私は母のお手伝いに対してありがたいと思う事しか
出来なかったのですが

そのお礼で雑然とした実家を片付けられたり
健康に気を遣わず走り回ってくれる母を健康的にしよう
なんて思っていましたがうまくいかないんですよね

そして思ったんですよ
それは私の気持ちが楽になるために望んでいることであって
母の願いを叶える事ではないと。

部屋が片付いていたら私が実家に帰りやすい
とか
祖父の死以降、誰かを急に失う恐怖が緩和される
とか
そういう自分のためであって、実は私は母の願いを
知らないのだと

だから帰って来て母に聞きました
「母さんの願いって何?」

母は言いました
「平穏無事?」

そうか、じゃあ心配かけないようにしないとな。

といいつつこの日飲んだウインナコーヒーでアタシはまた
乳腺炎を悪化させました(馬鹿)
乳腺炎のある時は母乳あげつつ息子を抱いて休みなさい
のサインだ、と思い粛々とする
という新しいルールをつくったアタシです。

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2015年12月16日 (水)

ほどよい距離

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今日も一時帰宅した夫が、三ヶ月検診帰りの私を待っていました。
ひととおり調理して息子の腹這い訓練を手伝ってまた病院へ。

教育入院の期間というのは本人だけでなく家族も
心の準備をする期間なんだと思います。

普通に彼がいたときはなんであんなに喧嘩したんだろ?
と思ったんですが、いわゆる「検査以外は暇」というその
暇している部分をほとんど見てないせいだろうと思います。
ウチにいるときは彼がごろんと転がってゲームしてると
「なんでアタシばっかりこんなに忙しいのよ!」
とどうしても思ってしまうので。

そして夫とはなれて過ごすうち、今まで気付かなかった夫の
ことがわかりました。

私はより多く愛されたくて努力するのですが
夫は自分の傍にいてくれる人と自分のために生きる努力を
する人なんですよね

だから夫の接客を見ていて
「ここでお客さんがAしたらBしないと気に入ってもらえないじゃん」
というポイントを良く逃すのはおそらく彼が必要以上の
愛情を欲していないのもあり

ドラムプレイでも彼はよく走り過ぎだといって怒られてたんですが
なかなかそれが直らなかったのも、彼は自分をいかすために
ドラムを叩いていたからかもしれないと思ったのです

考えてみたら周りと合わせるとか聞きやすくするための
努力って、お客さんに愛してもらうためだったりもすると思うんですよ
自分が叩いて元気になるためなら別にどんなリズムだって
いいじゃねえかとアタシは思うのです。

でも彼がそれでも嫌われない理由はなにかというと
彼の自分の事は自分で、という態度だと思うんですよね。
昔の映画(私が棄てた女だったかな)じゃないですが
「皆誰かにぶらさがりたい」生き物だと思うんですよね

だから精神的に自給自足する人に自然に寄っていく
そういうことかなと思うんです。

そしてそういう姿ってのは自己犠牲をはらって助けにきて
くれる人よりも周りを元気するもんだなと思います。
もう駄目だと思っていたけどまだ、自分なりのバランスのとりかたが
あるのかもしれないと思えたらそれは素晴らしい訳で。

だから私は夫とスタジオに入った時に
私に合わせてよと思っていたのはかなり方向的に間違いで
私が合わせるか、最初から個性をぶつけ合えればよかったのかな
と思いました。

しかし、自分が空虚だと思うほど先に先に更に何かを
求めてしまうのは何故でしょうか。
誰かと打ち解けて話しだすと、同じ会場にもっと話が合う人が
いるかもしれないと思ってしまい結局深い友情が築けないような
そんな損を意味も分からずに繰り返している
最近自分の人生がその繰り返しな気がしてなりません。

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2015年12月15日 (火)

嫌悪の裏にあるもの

嫌悪の裏にあるもの

今日父が子育ての手伝いにきてくれたのですが来て早々
「衣食同源だから味噌汁くらい作れ」と言ってきました。
前々から母にお父さんが彩に味噌汁の作り方くらい教えたいといっている
と言われていたので直接来たかと思いつつ
「只でさえ緊張状態の中、息子に当たらない努力をしてるのに
調理まで入れたらウツになる」と返しました。

そして怒りが頂点に来ていた私はそれにプラスして
「私が小学生の時に父さんがお前も女なんだからご飯くらい作れ
と言われたのが屈辱的で、そんな風に性別で可能性を制限されるなら
絶対作んないって決めたんだ」と言い返しました。
父はそんな記憶は無いといい、まあそうだよねと更にアタシは言いで
そこからは父が帰る手前までほぼマトモに口をきかず過ごしました。

私はずっとその始まりだった父の言葉を本人にぶつける事が出来
少し何かが楽になりました。

アタシが育った食事とは食べるときは沈黙、
作った料理にオイシイの一言も感謝も無いという女たちのため息
そして、手伝おうとすると「邪魔になるからアナタは勉強していなさい」
と言われるとか憂鬱な時間でした。

しかし、ここにきてアタシは夫が料理人になり自分も近所のあちこちで
食べるようになり食べる事は好きになったんです、料理人が作ったものは特に。
その人が料理を自己表現として、そしてどんなこだわりを持って、
どう人を喜ばせたいのかとか、そういうのを感じながら作ったものを
味わうのはアーティストとの対話みたいで元気になります。

そして経験ゼロだった夫が料理をし始めるまでの過程は新鮮そのものでした
「今日○○さんと料理の話が出来たよ、世界が広がるね」
「その症状には○○が効くみたいだから入れた料理を作ったよ」
「ウチ母さんが食いしん坊でアレ食べたいこれ食べたいってものを
どんどん作ったから僕もそんな感じなんだよね」
夫のポジティブな料理への気持ちはアタシには黒船のようなものでした。

一方で私が料理を過去に頑張った時ってのは決まって
男に愛されたいとか気持ちを繋げ止めたい時ばかりでした。
自分の表現を諦めて家庭に入る事を望んだ相手のために頑張ってしまった
ことや、どう考えても都合のいい相手にされてた男をつなぎ止めようと
作ったりで、思い出す度に健気な馬鹿だった自分が思い出されて悔しいし
唯一楽しかったのは大学時代に激しく病んだ時に当時のカウンセラーさんが
「料理は殺戮だから」と言った時で、
その時は食材切りながら「殺せ殺せ殺せ殺せ、死ね死ね死ね死ね」と
思いつつ薄ら笑いしながら作ってました。

アタシにとって料理とは合法的で裁かれない殺害でした。
そして自信の無いアタシが愛されようと卑屈に取り組むものでした。

故にアタシは料理で身体を保つ事よりも、カロリーメイトで我慢して
映画をはしごしたり美術館に行き素晴らしい作品にふれる
心の栄養で生きる青春時代を過ごしました。
そしてより一層、そのためにご飯代を浮かす事を考え料理を愛さなくなりました。

たしかに料理が出来ない事は不便だなと感じます、外食を続ければ
メニューは偏るし胃が痛んだりします。
でもキッチンに立つと37年分の自分を制限し、媚を売り、病んだ過去を
思い出すので吐き気がするんです。
だったら作らない選択をするほうが私にとっては幸せで。

私はアートが好きですが、人によっては小学生の頃に描いた絵を
笑われたのが嫌で嫌いになるように
どうしても駄目になってしまう事があると思うんですよね。

だからそれでも作れと言われた時、万人に理解してもらえるとは
思わなかったけど、正直お前の心なんかどうでもいいんだよ
死んじまえよと言われたと私は感じてしまいました。

と、いう状況でこの前段階の文をFBにあげてしまったのはエラーだった
と反省したのですが、私は誰かに分かって欲しかった以外にも
もしかしたら私でも料理を作る事が好きになるような金言をきけるかも
という欲張りな期待をしたんだと思います。
と、したらもう少し文章を考えるべきでした。

まだ気持ちが冷静でないのかもしれません
昨日実はカップ麺を食べたあとで左手がブルブルと震えたり
今までは甘いものを食べても大丈夫だったのに
いきなりおっぱいが乳腺炎手前の乳口炎になったので
病院に行ったり、保健所に電話して助産師さんに話をきいたりしてました。

幸い今日乳口炎も落ち着きつつあり、手の震えは脳の病気ではなく
赤ん坊の抱っこ疲労といわれ安心しました。

その2日前くらいに夫の病気はアタシのせいだと深く自分を責めて
結果、人に話す気力もなく泣きながら抱え込んだのと、
今日は息子と一緒に寝て心を休めたいなという気持ちを無視して
家事に勤しんだのでそういうことが一気に出たんだと思います。
乳口炎も震えもストレスでも出るらしいので。

今日も夫が一時帰宅して料理をつくりました
入院中はやる事無くて暇だから気分転換になるといいながら
「ほら、タマネギいっぱいサラダをつくったよ、血液サラサラに
なるからね」
と乳口炎対策メニューを作ってくれました。

夫は人を思っても料理が作れる、すごいなあ。

思い詰める性格はなおらないので今回もダメージしましたが
でも回復しはじめ、そのままでいいと夫が助けてくれ
また生かしてもらえました。
そして、その優しさを見失わずにいることができました。

私も今回の件で、料理が自分を生かすものではなく
自分らしく生きたい気持ちを阻害するものと感じているから
好きになれないのだとはっきりしたので何か変わるかもしれません。

変わるといいなあ。

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2015年12月13日 (日)

ふたたび一時帰宅


昨晩、息子のギャン泣きと猫の修羅場と高血圧の頭痛がコンボで
来た結果、夕飯はレンジでふかしたサツマイモしか食べなかった
と言ったら、見かねた夫が一時帰宅して夕飯をつくってくれました。

「トモダチ」も嬉しそうに定位置につきました。

そして夕飯。
私はそんな夫のために風呂をわかし
夜の空腹を凌ぐためのノンカフェインのお茶をつくりました
(入院中は間食が禁止、かつ、普通のお茶だと眠れなくなる)

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料理を作り終え、息子を抱く夫と洗濯物を畳みながら過ごした時
「幸せだな」と思いました
トラブルの上にふたたび普通を取り戻した時、満ち足りた時間は
さらに深みを増すような感じで。

アタシにとっての糖尿病は
「進行すれば失明したり足を失う病」で
夫にとっては
「健全な生活をして一生幸せに暮らしなさいの刑」
みたいです。
夫の考えにあわせて生きたらそれは幸せかもしれない、そうしてみようか。

入院してから夫はあちこちで
「いつか糖尿病の人が安心して外食出来るお店を開いてください」
と言われています
アタシも
「ねえ、糖尿病だけじゃなくて長い事活動したいミュージシャンも
食べにきてくれるんじゃない?」
とワクワクしていったら
「どうせロックやってる人はこないよ」
と夫は言いました。
皆さんはどう思います?
やっぱりロック関係の人は酒と女とアルコールかな?

おまけ
siriに赤ん坊好きか聞いてみた件


アナタの過去に何があったの?

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2015年12月12日 (土)

夫の一時帰宅

夫の一時帰宅
土日は先生も休みという事で、慌ただしく午後夫が帰宅した
彼が好んで飲んでいたタマネギ茶を作ってアタシは待っていた

まっすぐに息子の元に向かい抱きしめて部屋を歩き
哺乳瓶で乳を与え
腹這いにして首のすわり具合に感動し
そして進撃の巨人の18巻を読み
お風呂に入ってからまた病院へ戻った

進撃の巨人の18巻には丁度カルラママの印象的な台詞がある
普通で何が悪いのかと
この子はこんなにカワイイ
産まれてきてくれただけで充分だと

アタシも同じ事を思っている

昨日記事を書いて少し冷静になり、息子の顔を見て思った
この子はアタシだけの子ではなくて二人の子なんだ
だから責任を感じるなら尚更大事にしなきゃ駄目だと

もうちょっと早ければという言葉で泣くアタシと対照的に
「早く見つかってよかった」という夫
「慣れれば新しい暮らしが当たり前になるよ、出来る事はたくさんある」
と彼は言う
世界中がたくさんの価値であふれているのは
何があっても人生を楽しめるように、ということかもしれない

と、夫の背中をみて思った。

私はまた血圧が上がってしまい、夕方に息子が泣き止まず
心がつかれてきた。
限界がこの辺ってのが分かったのでちょっとまた休もう

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ラーメンの汁を残せません


夫の入院を知った友人から救援物資が届いた。
なんだかんだ気にかけてくれる人はいる。
そろそろ週末に入る夫の入院生活だが、血糖値は多くても200を切り
患者としては優良と言われているらしい

3日ぐらい経ったところで個別の栄養指導があり、そこでも夫は
闘病開始後の献立を褒められていた。
と、そこでアタシは馬鹿な質問をする
「あのう、私常々ラーメンの汁を残せない事に悩んでいるのですが」
栄養士さんはちょっと困って「でも赤ちゃんのために長生きしたいでしょう」
と言った。
話は37年前にさかのぼる。アタシを出産するため母親学級に出ていた
母はそこで汁ものが海を汚すという指導に衝撃を受け、そこから汁もの
が一切残せず飲み干すようになってしまった。そしてアタシもそうなった。
最近はラーメンでも「何時間も煮こんだこだわりのスープ」なんて
言われるともう申し訳なくて駄目である。
結局この日も「アタシは生まれ変わる事は出来るかもしれないが
海は生まれ変われない、駄目駄目絶対残せない」と思って帰った。

この日はアタシにメガネ先生との面談があって、そこでも夫の入院
以降の話をトッチらけた結果、珍しく先生が苛立ってしまい
今月は大丈夫ですと申告した漢方薬をいつも以上に処方されてしまった。
人間同士なのでうまくいかない事もあるが、精神科医と折り合えないのは
結構ショックを受ける。

ただそこでアタシは、祖父の死、フランスのテロ、夫の糖尿病と立て続けに
起こった事である日突然人がいなくなる事や死についてかなりショックを
うけて思った以上に参っていることに気がついた。

そんな中昨日、夫は主治医の先生にもう少し発見が早かったら糖尿病に
ならずに済んだであろうこと、なった原因はおそらくジュースの飲み過ぎ
であろうと告げられたと電話で話してきた。

それは自分にとってはかなり衝撃的なことだった。
出産直後からしばらく冷蔵庫にジュースを絶やさないようにしていたのは
このアタシだったからである。産後の眠れない時期をのりこえるため
そして夫も好んで飲んでいたため、育児のために職場を変えて
頑張ってくれている夫にせめて喜んでもらおうと思ってやったことが
結果最悪な事態を招いてしまった。原因は、アタシではないか・・・。
しかも夫は単に好きだったから飲んでいたわけではなくて、冷蔵庫の
スペースも確保したかったという理由もあったと知りかなり落ち込んだ。
胸が締め付けられるように痛んだ。

「健康に気をつけた生活さえすれば何も問題ないんだよ」
と話して淡々と努力する夫に対して、私がここで落ち込みすぎるのは
何も良い結果をうまないし、父にも
「お前ひとりが原因だなんてことはないはずだ」と言われ
きっとこれが鑑定ならたぶんアタシもお客さんにそういうのだが

夫がこうなった以上、私も何か大事なものを諦めて差し出さなければ
とか、こうして夫のいない部屋で息子と二人愛情を育むのは、
自分ばかり幸せになろうとするようで良くないのではないか
という罪悪感にかられたりして、いや、たぶんでもこれは違う
とか、頭の中でストップをかけたい自分と沈んでいく「善」の自分
を常に闘わせなきゃならなくて段々疲れてきた。

心の視界は狭くなるが、誰かに文章を届ける時間はない。
世の大抵の人はこの脳内の二人の闘いに勝つんだから本当すごい
そしてとりあえずアタシは、負け気味でも、こうして粛々と落ち込むのは
オナニープレイ以外の何者でもないと自覚しているだけいい事にしよう
と思った。

少なくともアタシにはラーメンの汁を残す事に比べたら簡単に思える。

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2015年12月 8日 (火)

めげずにやれるかな・・・?


「ちょっと旅行みたい」といいながら夫は荷物をつめました。
今日からいよいよ教育入院です。
昨日親に息子をみてもらって夫と一緒に病院に行ったのですが
厳しくてちょっと癖のあると噂の医長は、実はハンジさんタイプの
可愛らしい女性でちょっと安心。
入院もさせていただきたいとこちらから申し出たので全ては
スムーズにいきました。
(働き盛りの年代だと入院に難色を示す人が多いらしい)

ただ改めて言葉で
「糖尿病は長くつき合う病気です、発病が早い分糖尿病の
歴史が長くなるので合併症のリスクがあがりますよ」
と聞くと胸にはずーんときます。
思わず先生に「でもちゃんと気をつければ発病リスクはさがりますか!?」
と聞いてしまったくらい。

夫にはしっかり身体を休めてきてね!というくらいですが
問題は料理が出来ない女がはじめての
母一人子一人状態になる二週間です。
いやまあ、そこはコンビニとかでなんとかするにしても
問題は壊れやすいガラスの精神部分でしょうか。

考えてみれば様々な事情で母一人子一人、もしくは子二人以上と
独りで闘っている女性はたくさんいる訳でだから弱音は吐いちゃいかん
のだけれども、私の場合
「泣き止まないから辛いとか思っちゃ駄目だ、これで泣き言言うなんて
だからアタシは甘えているんだ、駄目なんだ!!」
と思いっきり自分を責めまくりそうなんですよね

とりあえずメチャクチャあり得るので、ちょっとFBに事前に懸念を表明し
「も、もう言ったんだからこの線はなしだぞー」と自分に暗示をかけたり
手伝いにいこうか?と言ってくれる親に対して
「葬式の後処理があるんだ、甘えるのやめよう」と事前に気持ちを
押し殺すんじゃなくて、その懸念を伝えて、いいとこで折り合う努力を
したりなんてことをしています。

でもどうしてもこうやって自分をせめて負荷かけて
ヒーヒーいいながら乗り越えたいという自分がいるんです
それは上手く甘えられないっつーのもあるんですが
そうすることで自分またより一層強くなれるんじゃとかいう
幻想があるからなんですよね。
心のどっかで自分を非凡なヤツと思いたい幻想ってヤツです。
難しいですよね、普通に生きるってことを大事にすればいいのに
普通にくらしたら誰からも愛されないという恐怖がある
自立して手がかからない人になると相手にしてもらえないと考える
この気持ちは何なんでしょう。
もう子持ちのアラフォーなんだぜ?本当に。

一方で20歳前半までのアタシは滅茶苦茶おしゃべり
予備校時代は3時間聞き役を前に喋り倒してさらに長電話して
さらに気持ちをノートに書いて、そして勉強という生活を毎日でした
電話代が半端無かったですよ・・・
そしてこれってすごくうざくて迷惑じゃんと年齢を重ねて考えるようになり
むしろ自分を抑えて聞き役になる努力をして今に至るんですが
(出来てるかは謎)そうなると精神が破綻しやすくなって
最近は変に抑えないでお喋り野郎でもいいんじゃない?
そんでもつき合ってくれる人はいるんだしさあと思いはじめてもいます

そんなアタシにとってブログは読むのが辛くなった人が
読むのやめたり調整がしやすいという点で遠慮なく自己を開示しやすい
ツールな訳だったんですが、でもこれって一方で現実に人と話す時に
メッチャ情報量の格差を産んでかえって友人を作りづらくしている
気がして、最近それで書く回数を抑えたりもしてるんですが・・・
うーん、ドツボ?考え過ぎゾーンきてるかな。

でも今はこの小さい人の笑顔があるからやっていけるかな

本当にここだというタイミングでこの世界に来てくれてありがとよ。

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2015年12月 6日 (日)

糖尿という病

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写真:ayacolor FBページはこちら

先日三の酉で長國寺のご祈祷をうけてきました。写真はその時の
一瞬をJIGENNアヤさんが切り取ったものです。アタシの指は息子の
吸てつ反応をみておっぱいが必要か判断しているところです。

さて、夫の件で何通かメールを戴いたのでご報告がてら近況をお話しすると
彼は来週総合病院に転院しそこで初診をうけることになりました。
もしかしたらその場で教育入院になるかもしれません。
教育入院というのは治療も勿論するでしょうが、この病気の改善のために
必要な食事と運動について身をもって目安を体験するようなものみたいです
産後の妊婦さんの授乳ブートキャンプにも似てますね。

なんでこうなったかというと、かき集めた情報の中にお世話になっている
人が実際に闘病し、総合病院でインシュリン注射を打って膵臓を休ませる
治療をしたことで膵臓機能が回復したという話があり、
必ずしもその治療を受けられるとは限らないけど、より大きい病院に
行ったほうがよいというアドバイスがあったからでした。

ただこれにより心理的にはぐっと楽になりました。
かかりつけの先生に言われたのはご飯少量、彩りよい食事、酒禁止、
果物は握りこぶし一つ分、あと運動、のみだったので
ネットにあるこれは駄目あれはいいみたいな情報に振り回される
結果になったり、味付けで「今日はしょっぱいけど大丈夫なのか?」と
思ったり、雨だったという理由で夫がウォーキングを近所のス-パーの
探検程度で終えたりすることに不安になっていたので
ここで目安がハッキリするのは有り難い限りです。

でも、いただいたご意見の中に味付けについては
最近の宅配糖尿病献立を一度取り寄せると味の参考になる
というありがたい助言もあり、通院措置になったら
それを試してみようかなと思っています。

一方で入院となると不安なのはアタクシの食事。
息子は乳だけなんでまあ問題ないとして二週間どうしましょう。
コンビニとレトルトとコーンフレークとかでとりあえず回すかな
とか考えています(なれない育児になれない料理を重ねるのは
精神的に無理と判断)
って料理出来ないってこういう時本当に不便ですね。

とまあ、駄目女ぶりを露呈して話がズレましたが皆さんから
いただいた生きた情報から具体的なこともわかってきました
どうやら糖尿という病は人によりつき合い方がさまざま・・・
投薬でのコントロールで生活は通常のままという人や
アルコールを徹底して控える人
甘いものやご飯を食べない人などパターンがさまざま
むしろ炭水化物だけ絶対とらないというやりかたもあるようです

一番多かったのは1日の摂取カロリーをどう抑えるか考え
食べたいものを食べている人。

アタシは夫がずっと息子に
「もうちょっと大きくなったら一緒にハンバーガー食べにいこうね」
といっていた夢が叶わなくなったり
親が持ってきてくれた新聞記事にある写真家さんが40代で煩った
糖尿病で20年後両足を切断して失明しかけたということが
書いてあって「ならば夫は・・・」と思って発狂しかかったりしてましたが
それらも定期的な運動とカロリー計算で回避出来るかもしれません

ただこれにより、糖尿の人へのお土産はこれまで
甘いものが駄目だからおせんべいはいいだろうとか思ってましたが
むしろお菓子はほぼ駄目だということがわかりました。
(だって炭水化物だもの)
もしその人が甘いものを食べていたとしても、それは事前に
色々制限した上でその人がご褒美として食べている可能性があり
無闇にお菓子を差し出すのはその日々の努力に横やりを
いれることになってしまうかもしれません。

そうなると糖尿病の人や家族にこの病気にかかっている人が
いる時に感謝の気持ちをどうお土産であらわしたらいいか
わからないので今度はそれについて情報を集めてみようと思います

そして今現在、私も夫と同じ食事を共にしているのですが
結果的にお乳の出がよくなりました。
そう、それになんつーか制限食は慣れる!
でも最近の主流である糖質制限より
空腹と闘うことになるカロリー計算での道を選んだのは
食べられないものを増やしてストレスを溜めないためです。
血糖値ってストレスでもあがるんですよ。

一方でただ一名ものすごく割をくったかたがいて
それがうちの店のマスコットであるテトラ先生です
私達がほぼお菓子や甘いものを口にしなくなったので
最初は泣いたりだだをこねていましたが
こればっかりは仕方ありません

でも考えてみると、仕事していたときに戴いたお菓子を
朝食がわりにしたときも多々あったんですよね・・・
テッちゃんが人気者だったのもあり大体届くお菓子が三人前。
でも彼は食べると言ってもお供えというスタイルで実際に
透明人間が食べているように消えていく訳でもなく
独立してからは鑑定人数も減りスタッフさんにわけるという事も
出来ない中、消費期限内に有り難く戴くには結果
頻繁に食事に出ることに。
夫の発病で自分を責めるコトになったのにはこのような事情もありました
だから、悪阻以降仕事を休んでいなかったら夫の病気は
もっと進行していたかも・・・

でも皆さんの気持ちは嬉しい、私も甘味は大好き!
うーんどうしよ、やっぱりテッちゃんの分はファンの方が何か
甘いものを召し上がる時に彼の事を考えていただくのがベストかしら。

と、こんな状況ですが思ったより前向きにやっています。
なにより当人である夫が、日々色々試しているからかもしれません。
ただ嘆いて終わらない、ということは本当に偉大な事だと思います。

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2015年12月 1日 (火)

お食い初め

お食い初め
今日は生後100日、お食い初め
この世界に生まれて100日
親になって100日
お食い初め
机の上には豪華な食事
お食い初め
「初めて作るコース料理なんだ」と夫。
お客様はとても小さな男の子。

お食い初め
そしてお食い初め強盗(汗)

不安になるたび、
「アタシたちはこれからもっと幸せになるんだよ」
と呟いて根拠無くてもそうなると信じてみる
今日もシャッターを押すたびにそう思った

アナタが悲しまないように元気な親でいたいとか
少しでも長く同じ景色をみたいとか思う
アナタは何かをしてくれるわけでもない
でも、この人はこれからたくさんのものをみて
それらはキラキラしてみえるんだ
と思うだけでぐっとくる

今、アタシと夫の間に趣味以外で共有する感情がある
この小さい人にむける感情の先にお互いの希望がある
夕方に気持ちが裂かれそうで後ろに闇を感じても
小さな彼の手を握れば、こんなに小さくても生きている事の
感動が力をくれる

弱いアタシは夫を頼る
夫は息子を希望にする
息子はアタシに愛を求める
その連動にああ、家族なのだという感情が芽生える

しんどいときに救ってくれるのは
自分が今までどれだけの挫折と苦しさから這い上がったか
という思いだけだと思っていた
でも、感じた幸せがやってくる辛い事を
「まあ、こんぐらいしゃーないな」とおもいながら
やり過ごさせてくれると教えてくれたのは息子、アナタだ

いつかアタシが仕事や、やりたい事にもどって
小さなアナタが寂しくなって
自分は愛されていなかったって寂しくなって信じられなくなった時
この記事をみつけてほしい
こんな記事は01の数列の果てに埋もれてしまうかもしれない
でも、それでも見つけて欲しい
そして知って欲しい

私がどれだけアナタから学び
この日々を愛おしみ胸に焼き付けて
あなたが幸せであるようにと祈り続けていたのかを

アナタは生きているだけで充分に大切で素晴らしい
だからあなたはかわらなくていい
もしあなたが寂しさからこの記事を見つけたなら
変わらなきゃ、いや、思い出さなきゃいけないことがあるのは
母さんだ。

お食い初め
最後に一枚、
今日100日の記念に着せた大切なお客様からの戴きもの。

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