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2015年4月12日 (日)

飯田橋の邂逅

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雨がぱらつく金曜日・・・
妊娠悪阻の地獄以降、はじめて家族以外の人と会いました。
マダムノリコさんです。
彼女が飯田橋に到着したとき、その胸にはしっかりと防寒された
とても小さな人、シンちゃんが眠っていました。

そう、アタシが無事チビコを出産出来たらママ友なのです!!
写真の通り、メイクする気になれぬテカりスッピン肌の私
まだ、外にお茶しにいくにはちょっとタイミングが早いんだよなあ・・・
という中でも、会いにいったのは実は彼女は今海外にいらして
貴重な一時帰国中だったからです。
そしてアタシが悪阻ベタレで悪態をつき続ける中
「他人事ではない!」という理由でなにかとコメントで励ましてくれた
お礼も伝えたかったのでした。
(そして言えて良かった!)

アメリカの子育て事情やもろもろを伺いつつ、
私も出産経験について質問でき、とても有意義な時間でした。

久々にお会いしたマダムはなんだか息子ちゃんを抱いた姿が
聖母様みたいで感化されました。

ネットの文字情報だけでは、「おむつや授乳が大変」という
言葉や姿とセットになってる優しい眼差しや、赤ちゃんの笑顔
はみることも感じることも出来ませんから。

自分が妊娠生活を折り返した今、その姿に触れられたことは
大いに励みになリました。
個人的にはシンちゃんがカメラをむけたらニコってしてくれたのも
うれしかったです。

そして家に帰り、ふたたび着替えてベッドに沈んだ時
チビコが動きました。
カフェでマダムがおむつを替えに席を立った時にやっぱり彼は動いて
その時に感じたちょっと切ない気分を思い出しました。

そっと手をあてて天井をみてそれから目をつむりました。

昨年の12月に発見されたチビコは小さな点でした。
そこから間もなくアタシは身体の自由がどんどん利かなくなって
それが今まで目一杯動いてきた自分には堪え難い孤独と恐怖で
でも、そういうアタシの表面的な情緒を切り捨てて
アタシの生き物としての器官はその点を生き物として育んできました。

この前見た動画では、胎児は魚類、は虫類、両生類と
進化の過程を辿って人になるといっていました。
白黒の画面で発光していた白い鼓動を思い出しました。

そしてチビコは人の形になり、アタシをノックするようになりました。
今チビコはアタシのお腹の中をぐるぐると泳いでいます。
今のアタシのように30年後にはうだうだ何かを感じる一人の
人間をアタシの身体が作り上げてきたという驚きと時間の経過。

でも決して自分が創造主みたいな気持ちにならないのは
それがものすごい偶然とチャンスの上で組み上がってるから
もう結婚しねえだろうな、と思った果てで結婚し
すぐ出来るんだろうと思ってた妊娠は年単位でおこらず
自分はどうしたいんだろう?と思った末にやってきた命

そして今アタシが内側から感じているその動きは、
ただシンプルに「生きたい」という意思なんです
目的はただそれだけ。

太古の海で
「身体をもって世界を感じてみたい」からはじまり
「陸にあがってみたい」になり
「寒さにも耐えて生き残ってみたい」になり
「仲間が生き残ればいいじゃなくてもっと生きてみたい」になり
今に至る命

それってやっぱ、パンクじゃん、なんだ、命ってパンクじゃんって
アタシは思って

そしてこの「生きたい」は全部の生命共通の意思で
ヒロトがブルーハーツの頃に唄ってた
「生きてることが大好きで意味も無く興奮してる」ってアレだと
思ってなんだかとても感動したんですよ。

マダムと話していたんですが
母となる女はどうやら二度切ない別れがあるみたいで
一個は巣立ちなんですが
もう一個はどうやら出産して臍の緒を切る瞬間らしいです。

お腹の中のもう一人がいなくなっちゃう寂しさは
アタシには命を内側から教えてくれる師匠を失う
寂しさな気がしてなりません。

そんなわけで昨日は三時間かけて土用予報書いたら
その後下腹部痛で一晩中苦しんだので
今日はチビコさんが怒らぬようにもう休みます。

最後に貴重な時間を共有してくださったマダムの
滞在が有意義であるように願っています。


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