« こんな時代だからこそ | トップページ | オゲレツ近況報告 »

2015年4月29日 (水)

私なりの古(いにしへ)

私なりの古(いにしへ)
今日は先人の足跡や知恵にふれたほうがよい・・・

そんなことをツイッターの補足事項に書きまして
その後自分がおもむろに手に取ったのがこれでした。

「先人」というには若いけど、先人には違いない
音源に耳を澄ませライブを思い出します
アタシの後ろで男の子二人が五分に一回
「かっこいいな」
「ああ」
「なんてかっこいいんだ」
と言ってました

小さなライブハウスで聞けるのは実は「かっこいいな」より
「うまいな」だったりして
その言葉に呑まれるたびにアタシは自分の中で大事にしていた
ロックの何かが遠ざかったような気がしています
そういう意味では離れるには良い時期かも知れません

そして一体何がカッコ良かったのかずっと考えていたんですが
彼らはおそらく純粋にパンクであることを哲学している気がします。

日本で展示をするにあたり、有名なコマーシャルギャラリーではなく
自分の音楽を愛している若者を選ぶ事で、彼に希望を与える事もふくめ

つまりパンクスとして生きるとはどういうことなのか?
を考え続けた結果のステージがあれだったんだろうと思ったのです。
髪を逆立て鋲のついた革ジャンを羽織って完結ではない
それが一部でしかないということ
それはおそらく彼らにとってステージで生きる意義なんだと思うのです。

と、いうのもこの間、新大久保の夫婦木神社に久々に出向いて
神主さんたちと話したせいかも知れません
アタクシが顔を出した時には誰よりも先生達が率先して
酔っぱらっておりましたが
その酩酊の先であらわれた本音はどの神社で聞くよりも感動的でした

「僕たちはとても小さな神社だ、でもそれ故に気持ちだけはまっすぐに
こめようと日々祈っている」
「神社とはどういうことか、僕たちは古来からある社のスタイルを考えた結果
最終的にこうして直会を開き、皆をつなぎ、悩みを分かち合い安心する
そんな場所を守ろうと思って自分達で料理も作っている」
「霊能者のアナタからみてこの神社にあと何が必要だろうか」
他にも、霊感とは何か、何故自分がこの神社で人の幸福を祈る事に
なったのか等等

アタシの父よりも年上の神主達は誰よりも深くそれを問い続けていて
その彼らとアタシも真剣に
「霊感を持った自分は、何故自分にそれが?と
問いながら出来る事を探しています」
なんて会話をする事が出来、胸が熱くなりました。

霊能者になってつまらなくなったのはこういう自分の存在証明とは
何かという真剣な会話がほぼ出来なくなってしまったことだったので
アタシはこの日とても興奮していて、それはなんとなくRANCIDのステージで
たった鳥肌と同じだったんです。

何故自分はステージに立ったんだろうと理由を考えるとき
それは自分が受け入れられないガラガラのステージで唄う屈辱も含め
先人を愛するためだった気がします。

ステージに立って唄うとはどういうことなのか?
それを考えて形にしている先輩がいるという尊敬の念で彼らを見上げる事
単純に音がいいとか悪いとか、新曲がいいとか悪いとかでなくて
なんで彼らは今こういう曲をかくことにしたんだろうと人生から寄り添う事
まあそんな感じです。

私はおそらく若い時に自分を励ましてくれたCDの向こうの人たちを
心から尊敬し、感じたかったのです。

なんてカッコいい事を書いてしまいましたがここに来てまた
感情の揺れが大きくなり過ぎてやっぱり許容量を超えた感じがします。
いい感じってのを0地点として、ドクターに迷わず駆け込むを−5としたら
今は−3地点、ちょっとヤバいな放置すると転がりおちるな、でも
なんか対策打ったら戻れるなというあたり

でもアタシはここ10年来、この段階でなんか対策うつってのをやらないで
順当に転がりおちていた気がします。
こういうとき皆さんはどうしてきたんですかね。

せっかくの自覚できてるチャンスなんで考えてみようと思います。

|

« こんな時代だからこそ | トップページ | オゲレツ近況報告 »