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2015年2月17日 (火)

眠れぬ夜の終わらぬ孤独

眠れぬ夜の終わらぬ孤独
目が冴え続けた午前三時、ベッドから起きだして文章をしたためる。
不眠が妊娠の症状で無いのであれば、単にいつものバグじゃねーかと
思う。

どうしても人の話を聞く割に吐き出し口を持たないアタシはバグが起きる。
話してくれといってくれる人がいない訳ではない。ただ、きっと望んだ言葉は
返ってこないだろうと思って口をつぐんでしまう。共感のポイントが
ズレたまま会話が進行するのはしんどい。でもそれ以上に相手の話してほしい
欲を満たして相づち打つのはもっと疲れる。

なんとなくヒロシ先生のことを考える。あれを永遠だと考えるようにしむける。
再び彼みたいな人に会いたいという思いと、会えないので場当たりの対処法を
考えるという2択で悩む。圧倒的に前者を望むが、明確に決断出来ないのは
どっちも正しい答えじゃないからかもしれない。

アタシの仕事は「言い当てること」を求められている部分はあるが、人と人とは
信頼によって支え合うのであって、ではその信頼はどうやって作るかというと
相手に寄り添うことだ。言葉がたとえとんちんかんでも、こっちがどうなのか
おしはかってあがいてくれる気持ちは言葉でも態度でも味でも伝わってくる。
アタシは欲しい言葉がと書いたけど単に寄り添ってくれる人が欲しいんだろうと
思う。

でもスゲー不思議なんだけど、自分の心に寄り添ってくれる人がみつかんなくて
苦しいと、人は自分の説明をうまくしようとするより、他の誰かに寄り添おうと
するんだよね。それか他者を攻撃する。
これって赤ん坊からの根源的な癖かもしんない。赤ん坊は自分の言葉のまま
(鳴き声のまま)要求を分かってもらおうとする。自分の感じた個人的な悲しみ
を曲げて伝えようという人はそもそも根本からいないんじゃないだろうか。
それが出来るのは精神に何かしらの救いを得た時なんだ。

でも寄り添う技術ばかり磨くのは地獄に繋がる一本道でしかない。
うまくなればなるほど、自分にぴったり寄り添える相手が見つからなくなって
しまう、認識のズレが許せなくなってしまう。

妊娠の悪阻で思いがけなく苦しみだしたとき、表現者達と疎遠になったのは
なんでかなってずっと悩んでいた。答えは簡単だ、表現者って言うのは
寄り添われたい人だもの。たぶん、苦痛から寄り添われたいと全面で
いってるアタシみたいなのは最高にウザい。

そして、アタシが夢今で本当に疲れてしまった原因はたった一人で全員に
寄り添おうとし続けることに疲れ切ったからなんだとおもう。
妊娠までアタシが酒と煙草を控えつつもやめられなかったのは
両者がもたらす酩酊が身体を心に寄り添わしてくれたからなんだと思う。
どっちもなくしてアタシは戸惑っている。

チビコはアタシをアートに戻したいのかもしれないと思う。
でも誰かの熱狂のための制作ではなくて自分の心に寄り添う手段として
それが出来なきゃ意味が無い。

自分の痛みに都合良く寄り添ってくれる人なんか簡単に見つからない
という事実を受け入れて、人生なんか暇つぶしだって思うことが一番なのかも
しれない。

でもずっとブログに御守りも戴きものもあげている時の感謝の気持ちに
嘘は無い。メールも感謝している。本当に。アタシは一体何にこんなに
痛みをもって乾いているんだろうと思う。眠りを忘れたせいか、単純に
新しく人と心をひらいてみようとしてちょっと刺激を強く受けすぎて
いるのかもしれない。人が移り変わる時ってのはやっぱ負荷がかかるが
きっと悪いことではない。だとしたら、アタシ頑張れ。

今日は答えが出ないかなと思ってメタリカ、真実の瞬間というDVDをみていた。
感想はまた今度。

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