猫と鱧(ハモ)。
この子を弟が溺愛しているのはわかりました。
アタシが大学で一人暮らしを始め
精神不安定を引き起こすのが落ち着いた頃
この子猫がやってきたと電話で聞きました。
昨日父が電話の着信を残しており
その直後のメールにニャン死す!道端で発見!と慌てたが故に
端的な文章がのっていました。
角の家の前の側溝脇に座っているような姿で崩れ落ち
口元にはすでにアリがたかっていたそうです。
母は、何度毛をすいても白い毛がね何度も何度も出てくるの・・・
と憔悴して話しました。
先日の家出は命の限界が近かったのかもしれません。
ただアタシにはニャンを抱いてニッコリ笑う寝間着姿の祖母が見えたので
充分やったんじゃないかと思いました、14年と10ヶ月。
その猫は10月に見つけたから重吉にしよう、という父の提案は
無視され、そのまま鳴き声からニャンと呼ばれました。
アタシの不安定で引き起こされた家族の溝はその愛くるしい
子猫で埋まりました。実家に帰ると母が迎えにくる車の横に
祖母にタオルで抱かれたカレがいました。
祖母はその元気な子猫にはしゃぎ、弟はウンチが臭いといいながら
笑い、父は軍手をつけて成長する子猫のじゃれる相手をしました。
「猫がこんなにかわいいなんて思わなかったな」とカレが二歳くらいに
なった時、父は書斎でいいました。
猫慣れした家族はもう一匹の猫を野良から引き入れ
ニャンはアタシが実家に帰るとその猫の首によく甘噛みで噛み付いていました。
お腹がすくと祖父の頭の禿げた部分をこつく姿が目撃されました。
アタシが実家に帰るとカレが寝ているアタシの股にのり、当時の彼氏は
それを聞いてメールで怒りました。
祖父は抱いたりはしませんでしたが愛してはいました。
よく話しかけていたからです。
だから祖母が死んだ時も3日姿が見えなくなって狼狽しました。
弔辞で「昨日やっと家内の大事にしていた猫が戻って来たんです」
と言ったから覚えています。
弟は蚤取りがうまく、その所作に感心しきりでしたが
大学を卒業し家を出ました。
寂しくなった母は猫を病院に連れて行くであるとか何かの節に
猫の画像をつけるようになりました。
カレは父に連れてこられても仏頂顔、最後にあった今年の正月も無表情
でも良く太っていました。
「痩せたかもしれない」
実家について対面したとき一瞬思ったけど錯覚でした。
部屋にはうっすらと精気のない屁のような匂いがしました。
「ガスが出てしまうらしいんだ」と死んだカレを撫でながら父が言いました。
お医者さんのマッサージにより硬直のなかったカレを抱いてみたのですが
口から「ぷ」と音がして、思わず「あ!」と喜んだけど、そんな理由でした。
安定しない首が揺れ目が半分開いてしまい、
うーん生きてるみたいだと思いました。
母が見せた直後の死後の顔が、うつろな目に舌をだしたもので
なんかすごいアヘ顔で萎えました。
なんつ〜顔で死んどんねん。
祖父が壁を伝ってよろよろと安置された部屋に入ってきました。
祖父はかがむと顔を近づけて
「生きてるんじゃないのか!」と誰よりも錯覚しました。
そして語りかけました。
「どした?にゃん?ほら、おきなさい」
「布団、かけたら生き返るよな?...にゃん?にゃん?」
にゃん・・・
祖父は最初は大きく、段々弱々しく語りかけ続けそして部屋に帰りました。
そしてアタシも仏間に「帰省遅れてごめんなさい」とお詫びをし
帰宅しました。
そういえば昼に電話した時、母が弱々しく頼んできました
「彩ちゃん、何かキコエタラ教えてくれない・・・?」
切実な親への孝行が霊能力というのは因果なものです。
紙の上にニャンと名前を書き、それぞれの家族とつないで
声を聞きました。
「お父さん、ついてくると思ってたんだよ、今回も!
いつもランニングきて後ろから追ってくるんだ。
昨日は、なんかすごく甘えないとって気分になったんだよね。
だから頭をよせたの、きもちよかった。」
父はいつも老猫のニャンに呼び止められ階段を抱いて
昇らせてくれるようにせがまれていたそうです。
そして昨日めずらしくニャンに甘えられ頭を撫でたといっていました。
最後のお別れだったのかもと父はいいました。
カレが実際に感じていたのは予感でした。
「お母さん、いいこにしなくてごめんね。
僕は必死で助けてくれって言ってこの家に入ったのに後から来たのは
すんなり入って可愛がられたじゃないか、面白くなかったんだよ
最近も病弱な新入りに掛かりきり、でもまあ、いいかって思っていたよ
時々そいつらの首とか噛んで一番だって言えてたから」
あ、本当に猫って縄張り意識つーっか優劣つけんのね・・・
「弟!でも、コイツがきっかけでこの家に入ったと思ってるんだ。
会うと他の人にするのと違う声で話しかけてきて、なんだこいつ?
って思ったよ、でも最近あんまり見かけなくなったなあと思ってたんだ」
猫は自立して家を出る、という人間の所作をわかっていないんだな
と思いました。そして人間を基本対等な世話係と見ていると実感です。
ちなみに感動を期待した弟はこのイタコメッセージにうなだれました。
「おじいちゃん、好きだった。だって何にもしてこないんだもん。
だからよく足下で一緒にねたんだ、居心地が良かった。だから朝も・・・」
なんとなく調子が悪いと感じたカレは誰にも話かけられないように
家をでて、側溝の当たりでがくんと意識がフラッシュアウトしました。
そして視界は真っ白になっていきました。
アタシの推定では11:23、11:44に父が発見したので約20分前になります。
先日の迷子、実はカレは方向感覚が無くなっていたみたいです。
ああ、これが老猫なんだとアタシは感じました。
そしてやっぱ、しつこく構ってこない人間が好きって本当なのね。
「そして僕はおばあちゃんが好きだった。
いつもニコニコしてやさしくて、抱っこしてくれたんだ。」
カレは祖母が亡くなった時の唯一の目撃者でした。
「親だと思っていたんだ」
祖母が動かなくなって、死を目撃して、錯乱したというカレの感情を
一つ一つ感じました。アレは、人が怖かったんじゃなくて・・・哀しみだったか。
「もう戻れないのは知っている」
カレはいいました。
「そっか、もうすぐサヨナラか。」
「うん、さようなら。」
昨日来たお客さんは猫は二週間で記憶を忘れる
と言ってたけど、けっこう喋るなと思いました。
これを観た後の鑑定は正直きっついなあと思いつつ
それでも帰宅前に家族にメールで断片をうち、帰宅前に
ニャンの中身はあそこにいるぜ、と突っ立っている場所を帰る前に
教えたのでした。
もうすぐ、サヨナラ。
午前零時に帰宅して、何だかまっすぐ家に帰りたくなくて夫に連絡。
身体に塩を撒いてから、海さんの店の扉をあけました。
「アレ、実家じゃなかったの?」という海さんに
「ええ、近いんです」と返して注文。
「猫死んだんで、魚食べたくなりました。」
そして鱧(ハモ)の湯引きを注文しました。
海さんはそれについては何も言わず
そっと手に広島土産の菓子をのせました。
水をふくんだ鱧の身を梅ソースで食べて
なんか元気が出るな・・・と思いました。
後から来たお客さんに人妻がこんな遅くまで遊んでちゃダメだよ
と注意され、そうですね、なんて返して帰宅。
帰り道、今日昼に見たニャンと祖母の姿は
祖母がニャンを捕まえたんじゃなくて
祖母に気付いたニャンが駆け寄ったんだな、きっと。
と思いました。
ちなみにカレのアタシの印象は
一人だけ空気が違う奴、でした。
明日は焼き場か、サヨナラだな、にゃん。
この世界に身体をもって、熱をあわせ、
一緒に生きるのさようなら。
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