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2014年6月10日 (火)

喪服とアウトロー

喪服とアウトロー
先日の大叔母の葬儀、焼き場での待機中に
彼女が自宅に飾ってくれていたアタシの描いた30年前の絵を
母が額ごと持ってきたんでみてたんですが(当時5、6歳)
そこにAKBの文字があり、アタシに予言者騒ぎがおきました。

たぶん覚えたての英語のAとBをかいたものの
途中でkondoのKを無理矢理足したんじゃと思うのですが
総選挙のタイミングでこんなの出ちゃうと驚きます。
喪服とアウトロー
というか同じ額に似顔絵と若き日の今上天皇の写真が・・・。
なんか彼女が生きた97年という歳月をしみじみ感じました。

そうして彼女の懐かしい写真をみて思い出に浸ったり
という過程の中でだんだんと眠くなり視線は自分の服に。

今までは家中の黒い服をあつめてなんとなく形にしていたけど
今年思い立って購入した喪服をここで着るとは思わなかったなあ。
と思いつつ足下に目をやり
ていうか喪服ってなんかエロイなあと思いました。
(って今上天皇の写真のあとにこんなこと書くなって感じですが。)

若さ、というもので語れなくなった外見をなんとなく
補完して取り繕うような黒。
アタシにとっての喪服のイメージが伊丹十三のお葬式であり
たぶんその川縁の不倫シーンを冒頭の落書き描いた頃に
地上波のTVでみたってのもあると思うんですが。
その女の人がはいていたパンティが水色だったの
今でも覚えてる、レースついてて。

何故永遠に誰かと会えなくなるのを自覚するその焼き場の待機中に
それを思ったのだろう?
やっぱり人間はタナトスに考えが支配されているからなんだろうか。

というかおばちゃんの亡骸と対面した時に最初に思いだしたのが
ひいおばあちゃんのお葬式の時に線香にロウソクの蝋をつけて火をつけて
遊んでいた記憶だったんですよね。

子供過ぎたんで退屈で。

そうすると線香がバアアアッて燃えて時々線香花火みたいになるの。
それやってておばちゃんが「何やってんだ」といいに来た思い出。
喪服とアウトロー
というかアタシはやっぱどっかがズレている。

葬儀にむかう道すがらアタシは
「ああ、この感じなんだ」とあることを感じました。

アタシの心はずっと喪服きてるんだと。
世間様の中で暮らしているのに何故か一緒にいると思えない
うらぶれた混じりあえない気分。

日曜日にどこかに出かけるはしゃいだ声のする
電車内でひっそりと焼き場に向かってくこの感じ。
でも、葬儀場に行けば同じ境遇の人が何人もいて
このトーンの中で食い扶持を稼いでいる人もいる
完全に孤独ではないが非日常的な世界。

三人吉三の最後で、絶命寸然のお嬢とお坊がお互いを
探しあって強く手を握りしめた演出が忘れられず
三人がはじめて大川端で出会ったシーンに涙が止まらなかったのは

この最果てと思う中で同じ匂いを感じたもの同士の
奇跡的な邂逅をリアルにそれ以上に感じたせいだと思うのです。

ああ、最果ては世界のあちこちに存在するのだ
この世界に居心地が悪いと呟きはじめたその日から。

だから歌舞伎や能の演目でバッドエンドが多いのは
単に当時の日本人がお涙頂戴が好きだったというんじゃなくて
やっぱ本を書いた人間がそれなりにそういう世界じゃないと
居心地が悪かったからなんじゃないかと思っています。

アウトローはマジョリティになれないのに
それを忘れてつい憧れてしまうんだよな
それが最高に苦しい事だと知らないで。

なんか話が飛んじゃったなあ、このへんで終わります。

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