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2014年5月 8日 (木)

「人として」の価値観。


友達お客の友人から、キヨシローさんのアルバムを贈呈されました。
本人は「奉納」なんて粋なことを言ってましたが
アタシ的には「雨上がりの夜空に」以来のキヨシロー体験です。

印象は彼にも送ったんですが、弱い心によりそう
優しい歌が多いな、というところ。優し過ぎて傷つく心と言いますか。

さて、今日の話なのですが
「人として立派に」という価値観について
でもこれは結構悩みの種だなと思うのです。

たとえば土用、アタシに良くある葛藤ですが
この人と接して過去に良かった事がほぼない
もしくは、あったけど最後は大体後味悪い結果になる
ということがあったとします。

で、その人と接触すると大抵あとで友人に泣き言を聞いてもらう
羽目になるとします。
でもアタシは対応してしまったりする。

そういうときアタシには背後に、根をもたないおぼろげな
人としてという価値観がちらつく訳です。
「自分にとって良からぬ事が起こりそうだから
と、万に一回この人が困って会いたがっている可能性ごと
切り捨ててしまうのは人としてどうなんだ?」
という心の声がする。

でも同じ価値観でいくならセールスだって受けなきゃダメな訳ですよ
「日々の生活のために営業してるこの人の話を聞かなきゃいかんだろ」と。
でもまあ、営業電話は切りますわ、ここには矛盾がある訳です。

アタシは自分のメンタルヘルスや現在の平穏を第一に護る事
以上に
自分に不利益があっても自分の考える道徳観に従って行動したい
気持ちが実は常に僅差に勝っているという問題。

もっというと、それは誰かに褒められ気に入られたいという真理。
でも、その誰かはハッキリ言えない訳です。

だから誰かに同意を求めて、
そうね、ダメだよ、切っていいよそういう人
と言ってもらう事で負けの混んだ自分をまもる力を
埋めようとしてしまう。

だからアタシはアートやロックに傾倒したのかもしれない
自分だけの美意識を形にして正当化して認められる
という妥協点はここではないかと考えて。

でもこれってアタシだけの問題なのかな?
アラサー、アラフォーの実に品行方正かつビシッとした女性たちが
アタシに答えをくださいというとき
アタシは同じ「許可をくれる誰か」を欲しいにおいを感じるわけ。

教育に修身を復活させようという話を目にする時
アタシはちょっと考えてしまう
その人として美しくという価値観は今の折れやすく頑張りすぎる
人たちをもっと量産する事になんねーかと。
清く正しいことは時にたくましさを奪い、美談は時にプロパガンダに
利用されたりするではないかと。
でも単純にアタシたちのそれは、常に面接をクリア出来る人間で
あることを重んじた、受験戦争の名残かもしれないけど。

日本の人が戦国時代のストーリーを好んでやまない背景には
アタシ、その清濁併せ持ったロールモデルを他に発見出来ない
せいもあるのかなと思ってる。

社会人としてこの世界をわたっていくものの見方や
駆け引きは学校では体得出来ない。
でも本当に優秀な人材を求めるとしたら
そこについて魅力的に語れる人がもっと必要なのではないかと。

キヨシローさんなら何と言ったろう?
とアタシは昨日部屋の掃除をしながら「人間の屑〜♪」と
口ずさみ、
そんなことを考えたのでした。

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