外来。
なんとなく、ナーバスな夫について病院へ。
どうなっているのか気にならない訳はないのです。
でも症状としては小さいんだから、
松崎夫妻はネガティブに考え過ぎだと近所の先生にも言われた訳で
ポジティブな人ならだいじょーぶだいじょーぶとか
言っていたかもしれません。
とはいえ、今日のCTではボッとマッチの火がついたように
存在していた白い光がだいぶ陽炎のように薄くなっておりました。
あ、これはもう大丈夫なのかなと思ってもいいかと
アタシも思いはじめました。
さて、気になったのはセンセイのほうだったり。
さすが研修医クオリティといいますか
こちらに目を合わさず、矢継ぎ早に結果をまくしたて
椅子に沈むように腰掛けながら
ネトゲでマシンガン打ってるように事典まんまの言葉の早撃ち。
「大学病院ってのは患者じゃなくて病気をみるとこだから
だから将来大病で入院したときにカチンと来ないように
慣れとこくらいの気持ちでいきなよ」
なんて近所のセンセイのコトバが思い出されます。
夫も早く病院出たいといって桜咲く道を歩いて帰りました。
もし10年前だったら、きっと「なんかやな野郎」、でも
今日は夫の陰からみてたせいかこう思った
「あー、緊張してんだな」と
舐められてたまるかと気を張っていたんだろうと。
いつか経験を積んだらこの眼光だけ鋭い先生にも
心の余裕ができるんだろうか?
病院は不思議な所だよね
患者の非日常感と、職員側の日常感が交錯している。
自分が一時的に失っている自由を
職員たちが夕方の予定のように喋っている。
たとえば外出出来ない誰かの横で
通りすがる若い研修医たちが一昨日の食事会の話をするとか。
でもきっと春はもう夫の隣で日常を告げてるはずだと感じています。
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