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2014年1月 6日 (月)

アラアラあららフォー。

アラアラあららフォー一年生。
今年の七福神巡りは有楽町の火事で電車が止まっていたために
雑司ヶ谷七福神巡りだったのですが
ブログ用にカメラを向けてもらった夫に
「(ぶふっ)オバさん・・・」
と笑われてしまいました。
なんだあんにゃろー!テメーは腹が出てるじゃないか!!

これ撮り直したけどやっぱ若々しさは出ないね、残念down
や、でもきっと髪型のせいだよ!(悪あがき)

さて、昨年11月末位からはじめた自分占いですが
一ヶ月くらいやってみて反省した。
自分が何かにつけ占いをしておく必要があったのは
時折やってくる責任重大すぎる霊視に耐えるだけの
自信と経験を稼いでおくために必要な事だった。

や、今みてる内容がくだらないという訳ではないのよ

でも、今片思いしている人は自分のこと好きでしょうか?
てキュンキュンした女の子と
倒産寸前ですが我が社の命運をかけてン千万の投資を
いつしたらいいでしょうか?てのを明日自殺するかもしんないです
という青い顔のオトーさんに言われるのを
同じテンションで処理するのはやっぱ大変なのだ。

自分も経験した青い心配事に自分の過去を引っ張り出して共感するのと
未体験ゾーンの重圧に苛まれる人の心情を推し量って失礼ないように
配慮しながら心を拾うてのはやっぱ違う
どうしても緊張と若干の動揺は走る。

だからこそ
「うん、今までも大丈夫だった、大丈夫、みてるものを伝えよう
この人を路頭に迷わせないぞ」
と言い切れる経験という安心材料はいくらでも欲しい。

やっぱさー運命や未来はその時点で見えるものは
一つだとしても、伝える人間には揺れやすい身体がある
そこを重視しないとって最近つくづく感じる。

勿論、自分が被験者となることでサーヴィスも変更出来たけど
くだらない事から自分の勘を磨いておく事は
自分の言葉と実際の勘のズレを認知するのにも役立つんだよね。

逆に自分の鑑定通りにやっぱ動くじゃんと思って自信つけた
部分もあったし・・・

でも、今だからそう思えるのかもしれない

やっぱり去年までは鑑定以前にお客さんのこの店に来るまでの
こころの葛藤に寄り添うことが必要だったのかもしれない。
そう思う事がいついかなる時も冷徹であることよりも
最重要課題だったのかもしれない。

これってやっぱ、アラフォーだから思う事ですかね?

人は変わる、お肌のハリと引き換えに
今までの自分じゃ対処出来なかった試練と向き合える事もまた
人生の醍醐味なんじゃないかと思う。


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