松崎ミトラ執筆小説「バニー」上粋。
小松成彰くんがアタシの朗読詩のBACK-FUCK-BUNNYに共鳴して
バニーという曲をかきました。
アタシはそれが嬉しくて、サンプリングとかするなら言ってと伝えたら
すごく軽いフットワークでやってくれて
そのスタジオでの経験、彼にこの曲の背景にあるものを説明しているうちに
今度は小説が浮かんできました。
三時間で書き上げたのでアラも多いですが、
アタシの脳内に鳴り響いていたこの曲をBGMに楽しんでいただけたら幸いです。
画像はめえさんがとってくれたこれまた人生初のアー写です。
この小説をUPするにあたり、励ましてくれた朧月ムメイさんと
小松くんとうちの夫に感謝します。 松崎ミトラ
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バニー
「てゆうか、絶対しんじられないって」
「・・・うん」
ぼろぼろと涙をこぼす彼女の机で紙ナフキンの形が濡れてくずれていく。
アタシはその様子を眺めながら座り直すとオレンジの合皮のシートは体勢を変える度に音をならし、アタシの身体の動きをGPSみたいに伝えていく。
真美がギリギリつけてきた化粧のマスカラはすでにボロボロで目の下は散々に黒く汚れている。ウエイトレスはアタシたちの机を一瞥し、水が減っていないことを確認すると速度を上げて通り過ぎ、入り口にやってきた男3人のもとに小走りでむかっていった。
席数の確認と喫煙、禁煙を聞くコールをもう何度も聞いている。真美の頼んだパフェはストロベリーアイスが流れ出し、ガラスのカップの結露と混ざってぐちゃぐちゃになっている。
「だってアイツ、3日もいたんだよ?かわいいねってそっからずっと裸でさ
なのにもう何も無いの、どうして?」
あの日、ライブハウスでドリンクをかえて戻ると真美が知らない男と話しているのに気づいた。大好きなフォックスに時間をあわせて階段を下りたアタシたちは、そいつのバンドを一曲くらいしか聴いてない。
次は俺らのみてよとかどっからきたのとか話してるうちにウォッカ3杯も呑んだ真美がそいつの腰にいわれるがままに手を回したのをみて、ああまたかと思った。手をつないで真美と歩くそいつのツンツンの金髪とギターケースが揺れるのを見送ってアタシは家に入る前にコンビニでちょっと時間をつぶした。
そっから一週間するかしないかでバイトの休憩中にアタシは真美からその男にメアドを変えられた話と電話が通じなくなった話を聞かされここに至る。
「だからさ、すぐにヤルのよくないっていったじゃん」
「ひな子にはわからないよ、真治君とうまくいってるアンタには」
「じゃなんで呼び出すのよ」
「だって・・・でも、次なんかないよ、
いつだって断って大丈夫とか無いじゃんか」
革ジャンの間からフリルのキャミソールが震えているのがわかる。
「連絡ないのはもういい、でもね、トラレタ」
「トラレタ?何を?」
「まんこ。」
その瞬間、後ろの卓の3人が一瞬黙ったのが分かった。あ…っとアタシは思う。
「なんでよ。」
「だってカワイイから撮らせてって言ったから」
「写メ?」
「うん、どうしよう、今頃ネットかも」
「馬鹿じゃないの?なんで断んなかったの?」
「だって怖かったし」
「わかった、じゃ、電話するよ、そいつの番号教えてよ」
「え、やめて、ちがうの、これ以上大きくなるのはヤダ」
「えー」
こういう時アタシはどうしていいか分からない気分になる。野郎のことはもちろんむかつく、でも真美だって愚かだ。だから投げるように「男ってどうしてこうなんだろ」と思う。すべての男がそうじゃないとは思うがメンドクサイ。真美のパフェはもうだいぶ形がくずれて、ウエハースがおちかかり、アイスがミルクの海に沈んでるかのようになっている。
「とりあえずパフェ食べな、アタシもタバコ吸う」
そしてようやくアタシは右手で立てたり寝かしたりしていたメンソールの箱から一本タバコをとりだして火をつけた。
真美はカップに手をそえるとグッと持ち上げパフェをのんでしまった。
案の定、白い川がよれたリップの口元をながれ、革ジャンに垂れた。
彼女はそれを腕でふきとると
「かっこ悪い」
と小さな声で呟いた。
家に帰るとママが電話を切るところだった。居間のケージでココが動き回っている。電話を切ると母はこちらを振り返り
「ココちゃんね、またパパになっちゃったの」
と少し泣きそうな声で言った。
「またあ?この前だって里親探すの大変だったじゃん」
ココはピンと張った耳とクリクリした目が印象的な兎で、ママはよく彼を連れて近隣の兎飼いの家に遊びにいく。この前斉木さんちに行った時に目を離した隙にその家の兎のララの上にココがのっかっていたので慌てて離した、危なかったと言っていたが、実はとっくに危なかった以上のことになっていたのだ。さっきの真美のことをふと思い出し、せわしなくケージの中を動いているココのそばにいき、「駄目じゃんかアンタほんとに」というと何が不満なのかココは表情をかえぬまま、前足をそろえてドンと一発地面を蹴った。
俺の神聖な仕事に文句いうな、とでも彼はいったのかもしれない。草食動物の兎の繁殖力はすごい、とココを飼う時にネットで調べたのを思い出した。写真に撮るとか気まぐれに居座るとかそういうアタシたちの娯楽のようにココはセックスをしない。隙をみて、相手をみつけ、今だと思ったらすぐに、そこに本能の声はあっても感情の余地はないだろう。
アタシは考えないようにしているだけだ、真美の話にも結論を出さなかった。
バイトだってつい最近まで真美と一緒のところにいたのだ。深夜に暇すぎて真美とくっちゃべっていたら客から不真面目だとクレームがあって店長に怒られ、それにキレてやめた。どっかでそれが正しいように感じもしたが、その言われた通りのことをやったら、自分がなくなる気がした。いつもそうだ、ちゃんと正しいこと、求められることをやったら自分までつまらない奴になりそうな気がして、アタシは言うことを聞かなきゃここからは駄目というところでいつも適当に理由をつけて辞めた。
真美はいつもそんなアタシの話に、「ひな子はすごいね、正しいよ」と同調して相づちをうち、大抵の場合、自分もバイトを辞めてついてきた。でも今回は初めて来ないでと伝えた。真美は「どうして?」と聞いてきたがうまく理由は言えなかった。ただ、風景や人は変わっていっても自分の心が何度も同じところを回っている気がして、それに目を背けるのがいやになったのだ。
でもそんなアタシも真治と付き合い出してすぐの頃はセックスにハマった。真治は二つ上で大学に通っていて、アタシはその学校の入り口で真治の授業が終わるのを良く待っていた。
学校の門の近くに腰掛けて、真治の姿が見えるのを待つ。友達と別れた真治と手をつないで歩いてアパートの階段を上り部屋に入る、そんなことを考えながらぽっかりと空いた青空を眺めた。
でも実際そうやってセックスをしたあと、彼の部屋の窓からみえる空は嫌いだった。望んで待ちきれなくてしたことだったのに、自分はこの数時間、何をしてたんだろうと胸が押しつぶされそうな気持ちになって泣いた。真治は不安げにアタシの頭を撫で、そんな真治をまた押し倒すようにキスしてその心の不安を塗りつぶそうとするのに、それは益々大きくなってアタシを飲み込むようだった。
つまんない何かになるのはいやだと思って停滞しているアタシが結局はあらゆるものに追い抜かれ、更に本能という自分の中の制御出来ない波に飲まれていくのが惨めだった。真治が好きだからなのか、単に考えたくないだけなのか、それがわかんないことを埋めたくてまた求める。それは幸せなのに自分で掘った穴に深く深く堕ちていくようでどうしようもなかった。幸せを感じているアタシを馬鹿にするアタシの声がずっと耳に響いて、そんな不安定な数ヶ月を過ごした後でやっとアタシは真美と離れてバイトをするようになった。携帯が鳴った、真治だ。
バイト上がりの真治を待ってコンビニに迎えにいくと肩からカバンをさげた真治が出てくるところだった。「や。」と手を振り近づいて手を取って彼の家のほうに歩いていこうとすると彼はその反対側にアタシを引っ張りなおした。そっちはラブホテルの乱立する通りで真治はニッと笑うと
「給料日になったからたまには豪華に!」
といった。部屋を指定して鍵を受け取り、扉をあけ、ベッドの前でキス。真治
は上着を脱いで上半身裸になり、アタシを下着姿にすると突然アタシをくるっと回して背後から抱きしめベッドに倒れ込んだ。
ファサッと布地が肌にあたりやわらかにしぼんだ。
「どうしたの?ヤんないの?」
とアタシが聞くと
「ん、も少しこのまま」
という。
「時間終わっちゃうよ?」
と返しても
「今日は疲れたからあともう少し」
という。そして寝息をたててしまった。うなじにはあたたかい息がかかり、アタシの胸にまわされた腕は規則正しく上下運動しながらだんだんと脱力して重くなっていった。アタシはそのまままっすぐ前をみると、視線の先に時計があった。デジタルの文字盤の真ん中の点が規則正しく点滅している。17、18、19、20・・・数えてはまた分かんなくなってもう一度17、18と繰り返して適当になり、アタシも次第にまどろんだ。
そういえば今日は夜勤明けのまま真美に会ったんだ。すると断れなかったといった時の真美の目と、ココの目が同じ寂しさをしていたように感じ、彼らが求め突き動かされたのは結局このぬくもりのせいだったのではないかと思った。
さらにまどろむ、今日はもうこのまま、呼び出しの電話があるまで寝てしまうだろう。アタシの肌と真治の肌の熱が一つに繋がって、アタシはなんか永遠みたいと思った。
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