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2013年11月 4日 (月)

「二割」に関するよしなしごと。


先週サンシャイン60にいったらこんなポスターがありました。
え、このコピー、和訳すると
「スーパーサイヤ人の大安売り」
え、いいんですか?そんなに存在軽くしてって不安になったんですが
これ映画でのベジータの名言なんですってね。


昨日ちょっと秘密保護法案の話を書きまして
いや、自分正直言って100%は理解してないとは思うものの
内心ででも私たちにとって重大な秘密は本当にこれによって
隠されてしまうんやろか?とも思うのです。

今年から新聞とか雑誌とかアホみたいに購読を始めた結果
他の国も結構似たような問題あるじゃんということを理解しました。
プッシー・ライオットのニュースなんか読んだ日には
落ち込みすぎて食欲もおちましたし。

100%の平和が約束された理想の国家ってやつは
驚くほどないね、無い。
だからうちの国だけがと怒りや視野狭くすねてしまうのは
解決にならないという思いもある。

確かにこれまでよりはリークされる情報は減ると思います、
でも人間の本能って、タブーが厳しくなればなるほど
それに挑みたがる人間を育成する気がするんですよ。

中学時代に校則は破るためにあるって豪語した同級生がいましたが
法は守られるためにでき、同時に破られる機会を待ってしまう
んじゃないだろうか。
(と、ジャスラックの裁判の話を読んでも思ったりする)

万物は常に変わるものであって、それを破る流れに
のったものは本能にかられて行動を起こすだろうし。
ん、楽観的なのかなアタシ。

で、こんなこと考えながらツイッターみてると定期的に
「目覚めろ」「気付け」「なんでわかんないんだ」という
憤りの言葉をみつけるわけです。

前者はアタシの業界では特に多いよね(笑)
でもね、アタシは正直お客さんが
「なんで皆スピリチュアルや霊的なものの大切さに気づかないんでしょう」
いうと引く。ごめんねって思うんだが。

たまたまアタシたちは見えないものに救われているが
他の人には他の人なりの救いがあるんだよ、ジェジュンとかももクロとか、
ロックンロールとか。
彼らにとってどうしてそれが救いなのか、腹を割って聞いたほうが
よっぽど大きなものを掴めると思うんだが。

アタシも当初は一緒になって
「そーだよ!気付け!(気づいてアタシのライブに来いよ!赤字なんだ)」
とか思っていた。

でも最近ふと思うんだ、
何かの問題に対して過剰に反応して、問題点なりに気づいて
それをライフワークにする層ってのはいつも一定数の二割程度で
のこりはどっちでもいいと考える流動層なんじゃないかって。

としたらその8割に気づけと訴えるのではなく
そのまんまの状態で動いてもらえるなにかを考えないと
駄目なんじゃないかって。

でも本当は政治には利用してほしくない考え方なんだけどね
どうしてもナチスドイツとか思い出しちゃうから。

でも商売とか表現活動とかには絶対に必要な視点なんだこれ。
ただこれをやるにはすごく物事をフラットにデータをみるように
眺める冷徹さが必要になるんだけども。

そんなわけでもうちょっとクリーンになりたいと思う昨今です。


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