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2013年11月 3日 (日)

クリック一つの功罪をとりとめもなく考えた。


昨日アタシ的には朝からセンセーショナルな発見があった。
日本の大衆音楽なんて「ええじゃないか」と「怨歌」の2チャンネル
しかねえと思い込みかけていたヒットチャートで
米津玄師という人のPVをみつけて衝撃をうけた。
MAD HEAD LOVEて奴だ。

即ネットで検索をかけると実に才能が豊かで
イラストもかける彼は自作PVをUPしたり
件のsound cloudで音源を発表したりと
アタシが今後の展望として出来たらいいなという事を
ものすごくとっくにやっていて、
本当にアタシの古さを実感したわけだが
彼の世界観に触れるうちに、二番煎じ云々じゃなくて
学ぶ気持ちでやってみたくなって

打ち込みで一人でバンドサウンドつくったりするのに憧れた。
もうとりあえずPVできるソフトって何ですか?と聞き込みに行こうと
思い始めている。
これって楽器屋に聞くものなのか、電気屋に聞くものなのか
わかんないから両方行くかなと。

そんな彼がナタリーのインタビューで
PVのMAD HEAD LOVEのテーマに
人間のぶつかり合いへの渇望、みたいなことを話していて
その文章を読みながら

これからは、バンドつくってメンバー集めてって時間や時期をまつ
作業よりも先にまずはPCで音つくるってほうが先で
その過程で人の音が欲しいとか、何か繋がりたいなんてことを
思うという、曲の完成度と人と音楽を作るという過程が
本格的にあべこべになる(いや、もうなってる?)のかなんて考えた。

でもこれきっと絵でもそうかもしれないよね。
周りみててもPCでまずは描いちゃって
足りないと思ったら手作業試すって話けっこう聞くもんね。

こうやってかつてはレーベルがいないと難しかった
発表から売り出すまでの作業をPC作業で出来るようになった。
これは本当すごいことだ。

一方で、アタシは最近衝撃を受けた三鷹の殺人事件の事を
思い出してしまう。
犯人は21歳、学生と同じくらい、ていうか米津さんだって22歳
アタシからみたらほぼ変わらん。

でも犯人は振られた女の子の家のクローゼットに侵入し
彼女を殺してしまった。
彼は友達にラインで「ヤバい今彼女んち」みたいなメッセを送ったんだっけ。
それを貰った友人が彼をとめていたとして
最悪行動一歩手前の人を止めるのは本当に難しかろう。

でも犯人はアレだ、すでに彼女の芸能活動を瀕死にできる
媒体として、彼女の秘密写真を公開してしまった。
アタシの大学時代を思い返しても恋人ができたらまあ・・・
猿だったと思う、セックスを発展させたなにかをやらかしてしまう
なんてことはよくある話だった。

でもそれが瞬時にここまで人生を左右するほどの犯罪に到達する
なんて経験はない。

ただこの事件を知ってアタシが思ったのは
今は自分の抑えきれない感情を人に話すより
最悪な行動に舵きるほうがよっぽどイージーになったんだということ。
そういう最悪に至るまでの思考の時間が減り
それを軽減させる厚みのある人間関係が存在しなくなったのだ
ということ。

アタシには
大量殺人予告も
バイトテロも
同じ問題の上に乗っかってる気がして仕方ないんだ。

誰もが自分の判断(自分の正義基準)で
とある秩序を破壊する可能性があって、
絶対にそれがないと言い切れない不信感をどっか抱えてる

自分がワンクリックで突破出来る壁は本当に突破して
いいものなのか、充分に踏み止まって考えさせるブレーキを
アタシたちは今無意識に規則とか法律とかに
頼りすぎているんじゃないかと思う。

秘密保護法案って奴が成立できる背景もこういう土壌の上に
のっかてるような気もするのよ。
アタシは全ての事象は繋がっていると思う訳で
だから政府が悪いとか国がマズい方向にいってるだのと
主張するまえに自分だってこの時代の流れに加担してると
痛みと反省を持って向き合わなきゃいけないんじゃないかと思う。

と、話を大きくしすぎた訳だけど
アタシはそんなわけで、時代というものはいつだって
メリットとデメリットをどうしても内包してしまうものとして
見つめた上で自分がそれのどこに生きてどう使うかを判断して
いきていくものなんだとやっぱり思う次第であります。

というわけで最後に紹介するのはその米津さんの
美しい喪失の歌曲vivi.

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