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2013年9月18日 (水)

ジョジョの奇妙な運命論、スティールボールラン

ジョジョの奇妙な運命論、スティールボールラン

すごくネタバレして書いていきますよ。

ジョジョの奇妙な冒険の第七部「スティールボールラン」の二巻に
ポコロコという人が出ます。青い矢印がついた人です。

これはアメリカを(ほぼ)馬で横断して賞金を狙うレースの話なんですが
このジョージア出身のポコロコという人が実にいい。
占い師にアンタはこの二ヶ月50億人に一人の幸運に恵まれる
と言われこのレースに出場します。
で、レースの初日に寝坊して出遅れるんです。
普通ならなんだよ!全然ラッキーじゃねえ!!と言って
占い師んとこに駆け込む場面ですが
彼、とりあえず出馬してこう言うんです
「なんてスッゲ!滑らかな地面なんだ!」と。
それで快調に走って列に追いついていきます。

彼はその後も俺ラッキーガイだから
雑木林も目をつぶって馬で走っても大丈夫!という
信じられない思い込みで走り
木にぶつかって落馬しても
落馬したことで馬が本来の走りをしてスピードが上がった
と喜ぶ始末。

でも、スピリチュアルな仕事に従事している人が
最終的に客に目指せと言ってるのがまさにこの
ポコロコなのです。

災難に見舞われてもそこでパニックせず
自分たちに言われたことをヒントにポジティブに冷静に
状況をとらえてラッキーを探し
最終的にはその自分は幸運であるということを
信念として自分の目的をぶれずに果たせと。
ぶれない彼はレースの途中でチラチラする遺体の陰謀などに
まったく巻き込まれずに進むことが出来るのです。
そしてもたらされた神的なものの言葉
(なんか途中で彼には気持ち悪い案山子みたいな守護霊
うちで言うとテトラみたいなスタンドがつく)

言われた結果と思い通りの状況が現れなくても
でもラッキーなんだから何かいい結果が出るととらえて進むことで
彼は結果を出し、そして最終的には繰り上げにて優勝してしまいます。

荒木さんはその霊的にラッキーな人ってこういう感じというのを
たった一巻の中に書き上げてしまった、スゴいことだよ。
お客さんと開運とかラッキーな人生についてそれはこーだ
あーでもこーでもないと喋ってるとき
もーこの人ジョジョ読んでればなーと思うこと甚だし。

さ、遅くないです、あなたも漫画喫茶へいって二巻を読み
何度も彼の話を読み返して真似すればラッキーマンになれる!!

・・・・・行きました?

・・・・・行ってしまいました?

で、アナタはまだ話を切らずにスクロールですか?いいでしょう。
では質問します。

で、スティールボールランの登場人物で好きなのは彼ですか?
そういえますか?理想の人物ですよ?

アタシはね、この人が理想ってわかってるのにあんまオモロくないんですよ。
うん、言われた通りやってラッキーになった?
御上っているんですね、神様すごいって
良かったですね、でもアナタ多分別にアタシの客じゃなくていいはずだよ。
ということで、もう卒業ハンコ押しちゃったりね。

この話、もう一人願いが叶う人物がいます。
画像の前から2番目の灰色の人、ジョニイ・ジョースター
彼もまたぶれない男です。

「俺はレースの賞金には興味ないけど、半身不随になった脚を
また動かせるようになりたい」というのが願いの男。

彼は途中でレースそっちのけで、レースの裏の聖なる遺体を探す
陰謀に気づいてそっちを追い始め思いっきりそっちにカジを切りますが
結果的にそれによって歩けるようになります。
でもって、絶縁状態だった親父との関係も回復。
ここまでの奢った自分への因果応報か
ショートカットした道がたまたま岩山だったのか
途中途中バトルがあって大変でしたが
すねていじけるのを止め、心の命じるままに事態をおっかけたら
なんと、最初に心惹かれた波紋の力で脚をなおせてしまうのです。

これもお客さんにはよくあるよな話。

で、彼には結果的に親友が出来るのよね
W主人公といってもいいね、ジャイロ・ツェペリ。
画像の一番先頭の人ね。
イタリア貴族の死刑執行人。でもとある無垢な少年の死刑を
レース優勝の恩赦で食い止めるために参加。

まあ早いし強い、でも死ぬんだぜこの人!!!!
もー子供助けるためにレース参加したくせに
ジョニイが遺体を追い始めたら「俺も付き合う」みたいなこといって
そっちにカジ切っちゃって後半は子供の「こ」の字も出ないよ。

うちの店で言ったら「相性がいい人と結ばれて結婚したいです」
というのでそっちに向かって神社とか教えたり色々してたら
途中で「やっぱ性格より金持ちがいいです」とか言われるようなもんだよ!

でも中途半端に両方なんとかしようとすっから
順位もおちて一位取れなくなるしね
もうぶれまくりっすよ!
ちなみにそんな彼にも御上は何もしなかったわけではなく
途中すごいマンダムな人から
「お前、大義名分でうごいてばっかで良くねえよそれ」
みたいなことを教えてもらうのに改めることができません。
改めるどころか気合いでぶっ殺してしまいます。

御上がちょっと人選を間違ったかもしれませんね。

その問題の子供は獄中で病死ですしね。

無駄死の極地です。

あーでもね、アタシはそんでも彼が一番魅力的なんですよ。
人として一番この人らしいという癖で生きている。
当初の目的からはもの凄くぶれてるんですが
大事な人や守らねばならないもののために己を捧げる
という彼の資質からは全くぶれていない。

昇天する彼の魂も言ってました
「それならそれでいいんだ」と。

そしてそういう生き方はお話とはいえやっぱり心に残るわけ。

ラッキーな人だ、だからどうした、
そんなことのために生まれてきたのかと。

この登場人物の誰かになれるとしたら
やっぱり命の危険も無駄も多いけどジャイロかジョニイがいい。
失敗も遠回りも何のためにあるのかと言えば
この身体で生まれた今の自分でしか語れない物事を語るために
ある、もっといえば自信は自分で得た経験でしかつけることが出来ない。

うちの店流に言うなら
霊的な言葉と自分の思いを照らし合わせて結果的に
後悔の無い選択が出来た時に自信はつくわけ。
言われた通りにやってうまくいきました、というどこに
アナタの言葉があるのかと。

でも人間自体は常にそのポコロコ的な部分とジャイロ的な部分
を時期や状態によって割合を変えながら進んでいると思います。

アタシの鑑定の言葉が日によってアプローチが変わるのは
そのお客さんが今求めているのはどっちなのか
どっちが欠けているのかを探り判断するせいなんですが
正直それで混乱して来なくなる人もいますわね

でも残る人はなんつーかマニアックで、情熱的で個性的な人が多いです。
そういうお客さんの本がある日書店に並んでたりすると
グッと熱くなるんですよね、この仕事の醍醐味です。
なんつーか、一緒に生きたね、と思う。

その悩んだお金でオマンマ食わせていただいたという現実は
別にしてね。

でも絶対どっちもなきゃいけないのよ!

アタシもいつか、自分の曲を音楽を、やってきた表現を
沢山の人に観てもらえたらとやっぱ思うよ、
そして一緒に生きてもらえたらと。
やっぱそれはアタシから消すことが出来ない部分だ。

結局人生は、流れにのっててものらなくても
落としどころは用意されてるということ

しかし、オンナで描かれてた人が途中から男で出てきちゃったり
独身で死んだはずのひとの家系に孫がいたりとかあるけど
それがどうでもいいくらい運命の描き方にすごみがあります
荒木先生。

というわけでたまには好きな漫画で運命語り。

 

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