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2013年9月 6日 (金)

押見修造「惡の華」を読む。

押見修造「悪の華」を読む。
前から気になっていた押見修三の「惡の華」を
昨晩深夜に一気読み。

高校時代に寺山修司や、船井幸雄の本とかを図書館に
取り寄せてもらって読むなどしていた自分としては
この主人公たちの居場所ない感じは懐かしくもあるけど
いっぽうで不思議と過程に感情移入出来なくもありました。

アタシからすれば、アタシの居心地の悪さは梶井基次郎で
納得出来るレベルだったんです。
丸善の本棚に本を積み上げてレモンおいてドッカーン
ってなったらいいなと想像してレモン置いて帰るだけで
とりあえず満足できるレベル。

だから主人公の春日君が憧れの佐伯さんの体操服を盗む
のが最終的に教室滅茶苦茶にしたり
転校するレベルまでエスカレートするのがちょっとオイオイと
思ってしまう。

でも浅野いにお氏の漫画とか読んでも最近は一見普通のレベル
の人が足を大きく踏み外していくという展開がとても多いですよね
自己主張やコミュニケーションの仕方がちょっと変わってるとか
うまく出来ない人が普通なら踏みとどまれる一線を越えていく。
これって何でしょうか。

アタシの世代の青春ではその踏み外す層は分かりやすく群れてました。
タバコを吸ってみるとか、制服を着崩すとか、髪そめるとか
明らかに学校という組織とルールに不満がある一団です
というファッションをしていた。

あと、今回みたいな学園ものでも
うまく集団になじめない人間と、もう一方は普通になじめてる人間の
交流だった。なじめない側が理解されることでその集団社会に
混じっていくというストーリー展開だった気がするんです。

そんだけアタシたちの学生時代はとある価値観の力が
絶大だったと思うんですよね。
価値観が多様化された弊害として
孤立した魂がなかなか発見されず、エスカレートしてしまう。

でもいっぽうで、社会になじめない人間の葛藤と
その中での自我や個性の目覚めとかの思春期のテーマは
今も昔も変わっていない訳です。

だって

主要な登場人物の仲村さんの必殺ワードは「クソムシ」
ですが、実はこれ全部「リア充」に置き換えて、
中学生時代のクライマックス、夏祭りのシーンでの
春日くんと仲村さんが自分らをクソムシと言う部分を
「恵まれたもの」に置き換えるとものすごく分かりやすくなんですよ
このお話。

仲村さんは他のクラスメイトみたいに友達作るとか
何か趣味をもつとかそういうのが出来なくて寂しさと
疎外感に対する怒りを弱みを握った春日に当たることで
解消しているんだな、寂しいんだなとスッキリわかる。

そして春日君はボードレールの文章の魔力に惹かれるように
仲村さんの言葉ややり口にハマっていく
でも、それが居場所がないとか不器用な寂しさだと
春日君は気づき、共感してしまう
で、中学生日記だったら
「そんなやり方で人に当たるのやめろよ、君は寂しいだけじゃんか」
と一喝すれば、仲村さんは泣いて終わって爽やか青春ストーリー
になるんだが春日くんはなんと一緒に共感してあげるのです。
一緒に最悪になって地獄に堕ちてあげるというやりかたをする
ここが今風なんですよね、ここが。なんでこうなるんだろって
今いちばんひっかかってるトコなんですが。
ここに共感ができないけど、やっぱ価値観が多様化したからなのかな
これが正しいって絶対的に自信を持って言えないから
一緒になってみるというやりかたになるのかもしれないですよね。

あと、春日君の恋愛事情の推移がリアルで。
春日君はリア充の象徴みたいな佐伯さんに憧れて付き合うんだけど
その外見への憧れでひかれた彼女よりも、
不器用でハートが共感する仲村さんに傾倒してしまう。
で、お育ちのイイ佐伯さんは多分そういうイイ子な自分が
コンプレックスでもがいたあげくにオンナになってしまう。
若過ぎて価値観があわないと割り切ることができないんですよね。
それを仲村さんに壮絶に拒絶されるという過程が丁寧に
描かれているのになんか惹かれました。

高校時代編までよむと
本当に自分にとって必要な人の見つけ方の
教科書みたいにもなってる気がする、この漫画。

けっこう文章であらすじ読むと過激な本に感じるけど
不思議とすらすら読めてしまうのは作者の押見さんが
自分の思春期の気持ちを思い出しながら
この不器用な外れものたちを丁寧に愛情をかけて
描くことでオトナの階段をのぼらせているからだと思います

なんかとても愛を感じてしまう、押見さんは多分
とても誠実な人。
そんなわけで10巻以降もよみたいです。

さて

押見修造「悪の華」を読む。
ちなみにこの漫画は夫からの誕生日プレゼントでした。
押見修造「悪の華」を読む。
昨日と今日とお祝いメール&ギフトをくださった皆さん、
ありがとうございました。
また入浴剤ふえてホントに助かりました。

根がすねやすい人間なもので
無理に誕生日なのを隠して疲れて落ち込むとかやめよう
と思ってなんでも書いてしまうのですが
「自分がお誕生日にメールいただいて嬉しかったから」
という義理堅いメッセージも何人かいただいて
よいかたに巡り会ったなあと感謝。

ちょっとおばさんとか夢が無く斜に構えすぎたわ、
おばさんじゃなくてせめて霊感マダムを狙おう
と思い直しました。

傷つくこともあるけれど、いい出会いもいつもそばにある
そういうことを感じた日でございました。

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