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2013年8月31日 (土)

サバクダニの唄


サバクダニの唄

谷の両端に足をかけ道化師は今日も唄をうたっている
過ぎ去りし時はどこかと
過ぎ去りし日々はどこかと

愛し合うものたちの間を
憎しみあう者たちの間を
切ないほどの郷愁に指をかける一瞬を
時は通り過ぎていく

永遠とは流れることがすべて
その終わりなき通過運動を
私たちは己の肉体を滅ぼしながら伝え続けている

過ぎ行く時の狭間で歌いながら
自分が思っているよりもたくさんの喪失を経験したと気づいた

数限りない喜びの陰で
失われた者たちは
それでも自分たちには価値があったと叫び続けている

搾取する者たちはその犠牲にした彼らが
自分がそれを引き受ける使命に一瞬の安堵を浮かべたことなど
知る由もない

アナタのその喜びはワタシがいなければ成し得なかった
エリエリレマサバクダニ
エリエリレマサバクダニ

犠牲が引き金を引くカタルシスと
喜びがとどまれない哀しみを一葉にして
今日もうたう サバクダニの唄


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最近は善でも悪でも幸運でも不運でもなく
自分がどうしたいかで常に納得して進めることが
一番なのではないかと思うのです

アタシは20代の前半で平家物語の平時子の言葉をしりました
「海の中にも都がある」
屈しない、負けだとしても勝負の終わりを認めない美学

それは新しい世界を自分で想像する気概にも感じました。

それから平時子という女性はアタシの中で
最高にゾンビでサイコビリーなアイコンとして
特別な存在であり続けています

お前らの思う幸せなど享受しない
こちらはこちらで勝手に作る

アタシの表現者としての人生はこのとき
平時子の続きを生きるということに確定したんだと思います。

最近曲をかいた時に思いました
アタシはハスにかまえてるときが表現者っぽいと。

さて、人にはアレです
マイナスを食いつぶしている人が+になろうとする時に
ちょっと聞いた時にはアレだけど、でもそれを踏まえると
先が見えるネガティブな中のちょいポジみたいな階段を
昇る時があります。

あの人の幸せはアタシの不幸の上に成り立ってる
という思いは誰もが自分を納得させるために
一度は経験した言葉だと思うんです

今回はそれをテーマにしてみました。

画像はある日の飲食です
そう、この夜はぶどうと海老とトマトとムール貝の
不幸の上にアタシの腹を満たすという幸せがなりたっていたのよ

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