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2013年4月16日 (火)

おんさらすばてぃえーそわかー

おんさらすばてぃえーそわかー
お客さんにお導きがあったので紹介した井の頭弁財天
したらそのお客さんがお詣りの際に今週末12年に一度のご開帳がある
と逆に教えてくださったので都合つけていってきました。
上の画像は寺の外廊下からみえる貴重なショット。
おんさらすばてぃえーそわかー
境内にある宇賀神将。顔みると額とかすごい皺ついてます。
アタシこれ弁天さまだと思っていたので
「もう少し顔なんとかしろよ」
と思ってましたが、弁天さまとは基本別な老人の顔の方なんだそうです。
おんさらすばてぃえーそわかー
上からみた図。超並んでます。アタシが12時近くにいったら
40分待ちだった。
おんさらすばてぃえーそわかー
お囃子も出てました。

吉祥寺の弁天さまのお堂は色彩的にも造形的にも
色合いがキッチュで可愛いのですが
ご本尊もふくよかでところどころむっちりしていて
なんというかこの場自体がドイツの子供部屋のようなセンスの良さ
なんだなあと気づかされました。

でも、アタシは列に並んだ時にお腹がすごく空いていて
外廊下を歩いているうちに意識が遠のいてふらつくほど。
歩きながら何度も「弁天さま、アタシはお腹がすきました」
と呟いてたらバチがあたって携帯がフリーズしました。

参拝後の甘酒がやけに美味しかったな・・・・
というか本当にとても美味しい!
いままで寺社で貰った中でベストワンじゃないのかな。

そしたら14時から華水供という行事があるというので
昼ご飯食べて参加する事に。

一方でアタシは境内を闊歩する同業者が信者さんか
友人らしき人に「ここではこうやって感謝はこう伝えるのよ!!」
と張り切って音頭とってるのをみて
なんかそんなせんでも心を伝えるほうが大事なんじゃないかなあ?
なんて思って割り切れない気持ちになり
つい境内の近くでネトゲなんぞをしてうさを晴らしてその時を待ちました。

この華水供、節分の豆まきみたいに花びらとか
撒いてもらえる30分ぐらいの行事かと思ったら全ッ然違えの!!!!

途中からお坊さん達にあわせて
「おんさらすばていえーそわかおんさらすばていえーそわか
おんさらすばていえーそわか」
とひたっすら言い続ける勤行でございました。
いや、言わない人もいたっぽいけど無言の圧力で
自然に口が開きます。

大体好きなバンドのアンコールさえ2分が限界のアタクシ
これを正座状態で終わりの分からぬ状態で、声を整えて
言い続けるのはかなりの苦行です。
この声が一体となると
お厨子の向こうがピカーッと光って弁天さまがとんでくる
などの奇跡があれば別ですが
(まあアタシは仕事柄こういうことを言っても許されるのですが)
ルルドの泉ではないのでそうもいかない。
勤行が辛いとはこういうことなのかと納得。

でも次第にこちらの心もゼロになりますし
空間全体がどんな願いでも叶いそうな空気になっていくのが
不思議です。その時間しめて二時間半。
最後の方には板尾創路似の住職さまからピックならぬ
花札が投げられます。

おんさらすばてぃえーそわかー

途中何度もなぜか幼き頃にみたハワード・ザ・ダックの
映画の宣伝を思い出したり
(アメリカ人達がアヒル男に向かってコールをするシーンがあるのだ)
グリーンデイのライブにおけるビリーの「ヘーイオー」の強要
などを思い出しましたが
しまいにはあんまりにもサラスバティーコールをしすぎて
弁天さまのファンになっていました。
厨子を閉め直す時には
「うおおおお!弁天!!!あんこおおおる!!」
とか言いたいような気分に。
また12年後、現世に来日する日を支えに頑張るよ、俺。

締めの挨拶で板尾住職の
「この三日間、業の途中で何度も感極まった瞬間があった
お願い事をしようとしたが(←したんだ)ありがたい以上の
言葉が出なかった」
という言葉で感動。人によってはすすけた木像にしか
みえないであろうものにここまでの感情をもてるのは
仏に対しての本気の真心ゆえでありましょう。

アタシは前述の同業者に感じたもやもやを恥じました、
目くそ鼻くそを笑うであります。
アタシ達が見える、感じるだのというよりも
見えなくとも日々心を重ねて生きている僧侶と言う存在のこの本気。

勉強になりました。
そして、弁天さまは木像ではなく、弁天さまなので
アタシはまたすごいご利益を戴いたのですが
この話はまた小出しに今度。

今夜はきっと、良い夢みられる。

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