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2013年2月 8日 (金)

ゆけゆけ霊感女。

ゆけゆけ霊感女。
今日はここんとこの記事のせいかお客さんが無かったので
夢今の準備と結婚式の準備にあけくれ。
と、同時にこの何でも背負いたがる癖の改善法について
考えていたそばで、膀胱炎になったマー君が粗相しまくるのを
片付けていた。

いい加減自分の事を霊視してみたんだけど
暇なら暇なりに別にいろんなことが密集してしまうようで
これをみた時に、ああ、もう楽とかって無理じゃん
となんとなく覚悟して道がみえた。

なんつーかこの平穏でバランスのよい生活が送れるかも
しれない期待、というのが自分を苦しめていたのだと思う。
昨日も学生とだべっていてその彼曰く
この学校で一番学んだ事は平和だ
という話をいっていた。
1度社会に出てここに来た彼とアタシは世代が近いからかも
しれないけど
下の世代への苛立ちというのはこれ要約すると
平和への苛立なのかもしれない。
アタシ達ほど居場所の無さと戦わなくていい彼らへの嫉妬
と言ったらいいのかな。

それと同じくらい、アタシはある種の同業者の平和っぷりに
嫉妬してるのかもしれない。
でも色々おしゃべりをしてみると、周りって驚くほど
人を切り捨てるタイミングが早いことを知ったりする。
たとえばメールに対して「うざい」として切り捨てる早さは
周りはすごい。
でもそうやって周りが平穏を護っている時に
自分はおそらく夜回り先生とかにどっぷりハマっていたのかしれん。

アタシの問答は要するに
この日々を繰り返して状況が悪化する事を防ぎたいが
わかんない苛立であったのだが
そもそもこの苛立自体
甲冑に身を固め、馬に乗り、刀をもって前線にいるのに
戦わずにいるにはどうしたらいいのかといっている侍くらい
甘えた言葉なのだ。

そんなのは戦って死にませんようにと祈るほかないのだ。

アタシは情と化粧水と喘ぎ声を
ふんだんに使わないと落ち着かない人間なのだ、
これはアタシのスペックであってどう変えられる問題でもない。
情の海に溺れきったら何度でも壇ノ浦に飛び込む以外道はない。
もしそれ以外を発見出来たらラッキーだ。

とりあえず今アタシにできることは
ミトラさんは年に数回恒例のように壊れる人間である
と認知して付き合ってもらうようにしつつ
同時にそれを知ってて甘えかかってくる人間を遠ざけ
そういうことが起きそうな場所では死ぬほど感じ悪くするしかない、今は。
(これはプライベートであって店では関係ない話ですよ)

幸い、アタシにはキャパ超えたときに頼れるお医者がいて
夫がいてそんだけでもすごく救われている。
やっぱ救いというのは自分の無理を認めた時に気づくものなのだね。

月末の二度目の三三九度はそういう覚悟の
かための杯にしよう、とアタシは今日の気分で思っている。

よし、明日は夢今がんばれそうだ。






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