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2012年12月 3日 (月)

清盛の没落は実に切ない。


清盛がドラマで「あなたはもう武士ではない」と言われた。
錆びた刀を振り落とせずにずっこける物悲しさ。
というかアタシの胸にもずんときた。

来月久々に一人でステージに立つのでギターを
練習するわけだけど、思うのですよ
「ああ、マジで下手だ俺」って。
今年は一人で店を切り盛りする経済感覚を覚え
イベントを運営するのに力をさいてきた。

アタシが経済感覚を身につけたかったのは過去の失敗による。
ライブハウスに高い金おとしてライブ貧乏になったこと
沢山の会場で展示するので精一杯で作品管理がずさんだったこと
こういう失敗がのちのちの制作活動を苦しめ
仲間を疲弊させていくことに疑問を持ち
健全かつ必要以上の出費をさせないイベント運営の種をつくり
それを埋めることこそ天命と思ってきたけれど
その思いを覆すくらいに自分は過去の人になっていく。
だったらずさんで不安を抱えたままでも
何か作りつづけて表に出ていた方が良かったのかという
思いがよぎる。
カタチになるまで時間のかかることを抱きかかえている
疎外感はなんともいえず
そういうものが最近の福原に固執する清盛をみていると
胸に一気に去来するのである。


結婚式の招待客の参加率がアタシと夫の間で三倍の差が
ついてしまった。呼び始めはほぼ同数、むしろ夫の方が
先にまとまった数を呼んでたんだけれど
「きっとみんなまだ忙しいんだよ」
と励ますようにいってる姿はなんとなく切ない。
夫はイベントとかで料理を出したいとか、
いつか音楽仲間が練習の後に立ち寄れるよな店を出したい
といってる限り音楽が心から遠ざかった訳ではないと思うが
やっぱり自分も、アタシの人生に巻き込んだ結果こうなったのか
などと考えてしまう。
かくなる上はアタシの友は夫の友となるように生きていこうと
誓ったのだけれど、
「今日やっと10人になったよ!」とほわっとした顔をみて
ん、気のせい、きっと気のせいと思ったりしている。

時間のかかる夢に手を出したときは、
きっと心を強くする時間なんだろう。

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