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2012年11月12日 (月)

夫婦別行動休日。

夫婦別行動休日。
本日夫は将門まつりにいくために坂東市へ
アタシは「帝都をまもれ」という謎のお告げがあり
自宅待機。
何が起きるかビクビクしてたら
二月の結婚式の参列絡みで帝都(東京)の親戚で揉め
たしかに家にいなかったらまとめられなかったという事態。

いやー結婚式って大変だなあ。

で、その問題が片付いたところであいこ@まぐだらのこざる
ちゃんに誘われ「上海異人娼館」というお芝居をみてきました。
宇野亜喜良さんをはじめて生で観たよ。
記念に写真に撮ったけど素敵なポスターですわ。

なんというか感想に関してはあいこちゃんと
二時間ばかし大勝軒系列店舗で二時間ばかし
色々しゃべったんだけど

寺山修司とその舞台装置や設定は
20世紀の歌舞伎なのだと思うわ。
そんくらい様式がたっている。
あの様式を踏まえて別にアレンジするのも難しいし
本人の意思を継げているとほぼ確信出来る芝居に
出会えているかというとまた思い当たらない。

200年後くらいたったらコクーン歌舞伎みたく
この様式で大胆なことが出来るのだと思うけど、
今は生前の寺山さんを知っててその分思いも強い人が
多いこともあって思い切った解釈で演出するのが
難しいかも。

でも芝居中の映像の挿入とか、マイクパフォーマンス
はやっぱり寺山さんのそれだなあ
と思ってワクワクするけど、正直新しくはない。
今寺山さんがいたらきっとニコ動とかを使うと思うの芝居中に。

今は気がついたら
マンガの主人公のお葬式とかはツイッターのハッシュタグで
共有してできる時代だし
観客も役者から観られている、という構図は
ネット社会そのものの暗示に思えるし

寺山さんの脚本の芝居って、何か明快なコンセプトで
ストーリーが進むというよりやっぱ時代を切り取って
そのまま矛盾ごと提示するものだと思う自分としては
そろそろ、寺山さんが生きていた昭和というエッジ、
時代を感じるものをあえて出してしまったほうが
魅力的に受け入れられるんじゃないかと思うのだよね。

この人が中心にいたからこそ
魅力的に成り立っていたものを形式だけ
中途半端に引きずることは
あえて冒険的なたとえを使うと、オノ・ヨーコの作品を
オノ・ヨーコ以外の人が形式だけ引き継いで実行して
しまうような違和感を感じなくもないのです。

な、なんか生意気もうしてすみません。
ぼちぼち寝ます。

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