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2012年10月10日 (水)

音はきっとかわる。

気付き。
土曜日にお客さんからいただいたんですけど、
川越氷川神社の新アイテムの赤縁筆。

これ、赤鉛筆をつかって削るほど
糸電話の男の子側のキャップが女の子側に近づくって寸法です。
なんてユニークにデザインされたアイテムでしょう!!!
でも、神社で売る必要があるのかという部分には
あえて突っ込まずにおりませう。

連休は毎晩日本酒を呑んで酔ってベッドで仮眠したら
すでに朝方という連続で記事を書けなかったんですが
日曜日のスタジオで急にいろんなことが点で繋がって
きました。

アタシは、ライブを減らしたことで
夫の技術がなまると思ってました。
結婚までの夫はずっと、技術をヘタだといわれ続けていました。
でも昨年、彼は橋本君の音楽の師匠みたいな人にほぼはじめて
「君にはいいセンスがある」
と褒められました。
事実料理人になってから夫には音で遊ぶ魅力が出てきました。
料理の付け合わせを考えるように
自由に柔軟に音のリズムを合わせる。
そんな夫のリズムが愛されだした一方でアタシは技術に
捕われました。
勿論、ギターや唄が
聴きやすくなることは魅力的だったし、発見も沢山あった。

でもアタシが27歳で音楽の世界に踏み込めたのは
とある自信があったから。
恋いこがれたロックとその世界を語るとき
リスナーに過ぎなかったアタシたちの目を輝かせたのは
上手いか下手かではなくて、カッコいいかどうかだったし
伝わるかどうかでした。

でも、いざ入ってみたインディースの世界でのミュージシャンは
上手いか下手かで話してました。
だから伝わんねーんだよ、と思って適当に話を合わせながら
アタシはだからそういうとこでない位置で音楽を考えられ続けたら
何とかなれるんじゃないかという勝算がありました。
少なくともインパクトにおいて。

話を戻しましょう。
10連勤の夫はへろへろでアタシもなんかへろへろで
日曜日のスタジオは途中で音源を聴いたりなどしてました。
ここってこんな感じにしたいよね
こういう雰囲気にしたいよね
と何気なく話していた時に

あ、
と思いました。
アタシは

ピッチがどうとか早いとかおそいとか
ではなくて
感覚的に「うちらの音」について話して
あわせられるような人を、入れるべきなんだって。
見えました、やっと気づきました。
これがアートから音楽に入ってきた人間のやり方なんだと。

としたらベースなんて初心者でいいじゃんと思いましたが
夫曰く、ある程度は出来なきゃそういう感覚的な話は
出来ないんだそうです。
でもアタシの曲なんかAとDとEだけですからね。

音楽は上手い奴が勝つんじゃないんですよ、
伝えたい人にまっすぐに努力した奴が勝つんです。

音楽が一生自分と寄り添ってくれるなんておとぎ話は嘘だと思います。
一生だと思ったポエトリーも寸断し
版画も彫らなくなったアタシからすれば
どうしたら表現者として居続けられるかと危機感を覚えることが
リアルです。
いつその感覚が戻るかと待つことの焦燥と闘うことが全てで。

でもその求めるバンドのカタチが見えた時に気づいたのは
アタシは多分、ずっと友達になりたかったバンドマンや
ミュージシャンと仲良くなりたくて頑張ってただけなんだと思いました。

それをかえてくれたのは、独立したアタシを探して
ついてきてくれた占いのお客さん。
久々に電話鑑定で再会したお客さんが電話の向こうで
「実は先生のライブにいつか行きたいと思ってるんです」
といったんです。
今日もいわれました、九州のお客さんに
「先生の五月雨、今でもYOUTUBEで聴いてますよ。」って
久しぶりにバイトのお金を握りしめて二十分だけ会いにきてくれた
女の子が、エレキギターを買ったんだと画像をみせてくれました。

「先生の太陽は俺の敵が好きで」

と彼女がいうから、最初のイントロからAとDで弾けるとこまで
店のグレッチで教えてあげたんです。
ぎこちない右手でリズムを刻む彼女に「かんたんだべ?」
と言った時、自分が簡単なコードでしか
曲がかけないことを感謝しました。だってその子があんまりにも
しあわせそーな顔してたから。

精力的にバンド活動をしてないバンドは、忘れられやすい
とアドバイスをくれた人がいました。
でも、自分はあえて、アタシに見えてこなかった
本当に伝わってほしかった層の人に伝えることを
考える時期がきたと思います。
ライブやってるぜ〜俺たち、という列からあえて離れて。

ま、酔って考えてた二日間の出来事は集約するとこんな感じです。

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