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2012年9月 1日 (土)

9月と対峙という美学。

9月と対峙という美学。
暦が9月になると
暑さが愛おしくなり
同時に風に秋を感じ出すこの単純さはなんでしょうか。

「アタシは自分を理解してくれる人たちに囲まれたい」
という気持ちに正直になると決めて3日、
よい変化が生まれはじめました。

とりあえず、人の善意を素直に見つめるようになりました。
でもって、楽になりました。
「ひねくれる」という感覚は
性格が単純に悪いから起きるのではなく
何がしかの心の傷から自分を防衛するとか
無理して環境に適応しようとしても起きるとわかりました。

それと、魂を成長させようとかいう考えも捨てました。
人生最初の霊能者に言われた
「あやさまの人生は裏切りの連続で
もう人間など信じないとするギリギリんとこで
ちょっと報われて持ち直す」
とかいう預言を打ち消したくて仕方なかったんだけど
一人であがいても無理で誰かに助けて貰うことばっか考えて
苦しいならもうなんか残念なアタシでいいじゃん
みたいな。

すると、人間どっか欠点を持ったまま支えあう
という視点でお客さんを観るようにもなって
そんなのもよいかと考えたり。

したら昔のお客さんがアタシと旦那にって
出張先で買った焼酎を持ってきてくれて
したら味見がしたくなって鑑定しながらロックで割って
ちょっと飲みました。

お客さんなんだけど、
「最近どうよ」
なんて話になって
この人にとってアタシのどうしよもなさ
を支えるというのはたまに客になることなんだな
なんて事を考えたりしました。

メールで揉めたことも
コミュニケーションで揉めた事もある
が、何故か切れる事がなく行き着いた距離といいますか。

これはなんかに似てると思いつつ
角海老でボクシングみてたら昔の事を思い出した。
スパーリングの最中に相手に愛を感じた事があってね。

でもこの愛というのは言葉にすると
相手と間合いを詰めて探っていくうちに
相手は自分にはこのやり方でしか倒されたくない
というのがわかって
こっちもそれだけで相手に勝とうとする気持ち
だったんだろうと思うのです。

今なら
「敵に塩をおくる」
という気分はわかる。

なんかまたボクシングやりたくなったし。
せめてデリヘル体験記から刀牙に読むもの変えようかな。
板垣先生ならこの辺の気分、読める気がする!

よし、今日は寝ます。

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