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2012年4月26日 (木)

ともだちてなんだろか。

ともだちてなんだろか。
先日大学時代の同級生とお茶の機会に恵まれた。
雨の寒い中飲み物で暖をとり、近況を報告。
「占いで独立なんてすごいね」なんて最初は和やかだったが
急にその中の一人の20年後の未来らしきものが見え出した。
それは運命の相手と思われる男性との結婚生活で
とても幸せそうだったので思わずそれを口に出すと彼女は
「そんな未来は無いっ!!」
と猛烈に激怒した。その相手は苦手な類の男性だったので
勝手に将来を決められたみたいで腹がたったらしかった。
アタシは頑張って仕事している友人の努力が報われると
伝えたかっただけだったのだが、彼女には怒りの最後に
「ごめんね、お金になんなくて。」
と吐き捨てるように言われた。

店だったら今の感情で幸せになれる相手を限定しちゃダメです
とか言ってたかもしれないが、現実を生きる同級生同士の
場面だったので帰りの電車でアタシは折れて
「気に障ることを言ってしまってごめん」
と謝ると、さらに
「別にもういいよ、その話さえしないでくれりゃ
友達なんだから」みたいな事を言われた。

その後下北沢にライブを観に行く途中も帰りも
その事がずっしりと心に重く、帰宅して夫に話すと
「言わないでいてくれたら友達でいてあげる的な言い方なんて
はっきり言って上から目線じゃん」
とキレた。

店の外でレイシを伝える事はお気軽な霊能者みたく
なんでも簡単に聞いてくる人を増やすパターンが多くて
人間が嫌いになるので、避けたい事だったが
なんと無く伝えねばならぬ気がしたし何より
級友だから利害なしに伝えるべしと思った行動が
結果的に客をふやすための宣伝行為に受け取られた事と
部分だけで繋がって関係を維持するという事に
ショックが隠せず、アタシは眠れぬ夜に天井を観ながら
何故か将門公に向かって

「これ以上己の心に傷が増えたら生きる事が嫌になるので
もうそれを伝える事で救われると分かっても言いたくありません」
と嘆きを伝えてみた。

しかしカナダでもそういう状況が発生し、
結局アタシは現地のスピリットに促されるかたちで
それを使ってしまうのだけど…

だから帰国し内覧会をした時に
お客さんが集まってしかも楽しそうに年齢や立場を
越えて談笑している姿に感動し胸が熱くなったのは
こういう経緯を通過したからでもあった。

同じ箱や場所で何かをしていたからといって
ただそれぞれの人生をそこですれ違ってただけにすぎない。
懐かしいとか友達だの繋がりだのと言い合う同窓会てやつが
軽薄で馬鹿馬鹿しくて嘘みたいに感じるから
出ないというスタンスをアタシはここまでとってきたんだけど
結果的にやっぱアタシにはそれが正しいという結論に達した。

でもなんであの日さっさと帰らずお茶したかというとそれは
霊能という前提がない人間関係を維持する事で
「こんどーさんて霊能とかやってるどっぷりな人かと
思ってたけど普通にそれなしでも話せるんだね。」
と言われる事で社会から爪弾きにされないで仲間として
みてもらいたいという縋るような媚びのせいで
アタシはそれを御上に見透かされ
痛い目にあったんだろうと今のアタシは考える。
自分で思っているよりアタシはもう
引き返せないくらいドップリなんだろう。

一つの安全な世界にとどまる事は視野が狭くなり
だんだんと自分の周りのコミュニティを内輪色の強いものに
してしまうのが嫌で無理をしてきた。

でも、沢山の人に囲まれて過ごしていても視野の狭い人間はいる。
関わる人の数ではないのかもしれない、柔軟であるということは。

今のアタシを受け入れてくれる仲間たちに囲まれながら
柔軟である事を保つための方法をほかにみつけていこうと思う。

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