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2012年3月10日 (土)

いよいよ第6部へ。

いよいよ第6部
アタシのジョジョ読みもやっとこ第5部を終え
ジョリーンに突入しました。

半年前まではこのジョリーンとオクヤスと
女の人の手を集める人くらいの知識しかなかったのですから
大進歩です。

一部のBL疑惑を乗り越え
二部でカーズが伏線無しに石をはめ込んだ石仮面を
つけてるという展開の雑さに絶望しかかったのが
三部で変化、以降のめりこんで睡眠時間が危うくなり
マツザキ家で「悪魔の書」と認定されるまでになりました。

三部でのオインゴとボインゴ、5部のキング・クリムゾンの
近未来予知(メタリカと戦ってるとこ)は、霊能者と近未来予知
の関係性を示唆していて感動。

こうなるであろう、という単純な言葉と映像で見えたものが
実際の解釈でズレていく感じが、運命の切り開き方を感覚的に
示唆しているし、と、同時に見えた映像を端的に読み取って
誤った解釈をすると占い的にいえば外す、という事になると象徴してる。

つまり、全くの嘘をいってるんじゃなくて、おおよそ見えてる
けど解釈が合ってる、違ってるという見方が霊能者や占い師に
接するときにいいよって言える最高の教材具合なのです。

と、あと魅力は皆が言うように使う台詞の独特なリズム感かな。

アタシは一時、シックスセンスを受け入れやすくしたくて
六力(ロクリキ)、という呼び方をしてたんですが
なんかかえってカルトになった気がしてやめたんですよね。

よくスピリチュアル関係の書籍でもトンデモ呼称が出たりしますが
あれがちょっとヤバいにおいがするのはこの現実世界の出来事を
自分の呼び方と言う個人のバックグラウンドでまとめようとする
浅はかなエゴだから受け入れられないんだと思うのです。

結局、見える人も見えない人も信じる人も信じない人も
まとめているのが現世では沢山の人の英知と議論が結集した
科学という概念なのだから一般に浸透する呼称は
彼らに考えてもらったほうがいいじゃないですか。

でも、こうして作品として世の中に出す時は
作品の世界の創造主は作者だし、個人から発する世界と
皆が共通して認識するから分かりやすい。

荒木先生はこの世界におけるシェアを
スタンドという概念を広げる事でとろうとしてる訳じゃなくて
あくまでスタンドという世界観を持った漫画作品の部数(売り上げ)
でお金をかせぐための、規則正しい労働で得ているから信用出来る。

なんだか硬い文章ですが、感動しているのですよ。
最近はお客さんにスピリチュアルな法則をジョジョで説明しそうになる
自分がいて、お客さんに?というついていけない顔をされだしてるのが
悩みです(苦笑)。


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