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2012年3月22日 (木)

3331 Arts Chiyoda





今日は3331Arts Chiyodaに行ってきました。
小学校を改築してギャラリーやらテナントやデザイン事務所が
入っているという施設なのですが、アタシがNYで愛してやまなかった
MOMAのP.S.1を思い出しましたが、こっちは入り口ですでに
子供が遊んでるせいかおしゃれな公民館みたいな感じと半々に思いました。

さて、ここで展示してる
「生きることがつくること」展、なんつーか文字が多いっ!!
被災地でやったプロジェクトの報告展みたいな感じなんですが
いかんせんプロジェクトが大量でこれ目当てに観に行く人は
二時間くらいは使うつもりで行くのがいいかも。

アタシ的には被災地のリーダーのインタビュー映像が
観られるブースが印象的でした。
それぞれのリーダーの下に透明な募金箱が設置されているんですが
なんつーか入ってるお金の量にばらつきがあったのが
一瞬プロジェクトの支持率投票みたいにもみえて何だかな・・・
と感じてもうたのです。もちろん任意と気持ちの世界なんですけど。

あと何だろう、いざアーティストとして現地入りし
何かをやろうとした時に、現地の人に
「そんなプロジェクト云々じゃなくて瓦礫一緒に撤去しろよ!
その方がよほど役に立つぜ」
なんて言われた人がいるって話を聴いた影響なんですけど
真っ向からアートを否定する事からこの展示やっても
よかったかなと思ったりもするわけです。

入り口付近に
「現地にいってみてアートが無力と知りましたが
それでも自分の繋がりはアート関係の知り合いしかいませんし
自分に出来た事もアーティストとして考えた延長上での
行動でした、これをアートと呼ぶかどうかは観た皆さんにお任せします」
というコピーがあったらこの展示もっとちゃんと観たかもしれない。

美術家が何かやったから
「アートってこんなことも出来るすごいっしょ?」って空気で
展示なりにするのは、滅び行くアートがその少しでも匂いのするものを
かき集めて正当性を主張して最後の呼吸をしているような
そんな気分になってしまう。

アートの一環としてそれを伝えるから、逆に
アートだからこれが出来た、という感動のポイントが
分かりづらくなってるんじゃないかなと感じるという話ですが。

あと、被災地入りしていない自分の視点からいくと
募金集めるだけじゃなくて、こういうアートプロジェクトを
気軽に起こせたり、展示してあったいくつかにその場で即登録
出来るって窓口があったりするとこういう展示はさらにいいんじゃ
ないかと思いました。

それと、今回ボランティアに行かなかったとしても
もし次に何かあったときに活動しやすくなるもの
なんというか、なるほど、支援には大まかにいって
こういうジャンルがあるのか、とか
こうやって動けばいいのか!と思えるような区分けや
マップがあるといいなと。

というのはとあるブースに仮設住宅での活動を報告してる
ものがあって、被災地支援→子供学校編、仮設住宅編、
商店街再生編みたいな感じになってたらもっとこういう
活動はどうだろう?みたいなアイデアが広がりやすかった気がする。

へーすごい、偉いですねって思わせるだけなら
アートじゃないと思うんですよ、
こういうのはどうだろう?じぶんだったらこうしたいな、
と見る側へのフィードバックや刺激を起こしてこそ
展示だと思う訳です。

でも、これだけ色々考えさせられたということは
成功なのかもしれないですが。
・・・もう一回いこーかな。
なんだかんだ、被災地の人たち、被災地の活動から
今後の未来に必要なものを考える、
何かコミュニティのモデルを考案するということを
したい人にはジャンル問わずおすすめです。

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