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2012年2月15日 (水)

20120214。



今日(もう昨日?)セバスと2度目のヴァレンタイン。
アタシの買い与えたmitraチョコをかじり
ガトーショコラを朝食にする夫。

と、同時にアタシの実夫の前立腺ガンの転移検査の結果が
出る日でした。
1/24の勤務中に検査入院明けの父から
「くやしいけれどガンでした。」
というメールをもらいじわじわと気が動転。

アタシの仕事は自分に何があろうが
お客さんの悩みに寄り添わねばならぬ仕事ですが
その日は久々に鑑定中に思わずお客さんに
「聞いてうちも・・・」
と打ち明けたくなるのを必死で抑え平常心を唱え続けるアタシ
「うわ、これしんどい」と久々に思いました。

何を調べても最悪の事態を考えて気持ちが悪くなる。
というか、このぶっちゃけ気質の自分が
これをブログに書けず他のネタを見つけるのがまたしんどく。

親の体の一部がなくなるかもしんないとか、
命のカウントをせねばなんないかもしれないという事が
ここまで精神的にくる事だとアタシは知りませんでした。

そして、そんな中打ち明けた人たちから
ガンは必ず死ぬ病気でもない事
意外に身内にガン患者を持つ人が多いことも知りました。

と、同時に藁をもすがる気持ちで祈祷師に治癒を頼もうか
そういうワザは無いか、なんて気持ちにもなりました。
でも、自分で情報を集めガンと向き合う父に触れ
本人に頼まれてもないのに、勝手に不思議を持ち込む事が
正しい事とも思えませんでした。
たくさんの人がこの病気と向き合い、治療の中で
もがいている中で霊的な力を駆使する事は
抜け駆けというか人として間違いな気もしたし
また、そんな事を考えた自分を冷酷だと思いました。
平穏に日常を過ごせそうな自分を冷たいとなじったり。

考えた末、実家のソックスという死にかけの猫の
祈願をして、その後無事延命した元三島神社さまに
お願いをしにいきました。

神社でお守り戴いてきたよ、
ということはきっと父の背中を押せるだろうと思って。

しかし、お守り送ろうとして一筆書く便せんを探したら
全部「死ね死ね死ね」とか「THE END」とか書いてあって
全く使えず、この時ばかりはうるさい音楽やってる
自分を恨みました(苦笑)

夢今のあたりは精神的にピークでしたが
父上本人の方がもっとしんどいぞ、といい聞かせつつ
「いいたいがいえない」という気持ちを抑え

昨日はずっと、職場の人にチョコと一緒に渡す手紙を書いてました。
去年くらいから決めてた事だったんだけど
誰かに支えられて存在してる自分というのを
意識してないとやりきれなくもありました。

結果は、転移無し。
ちょっと安堵から泣きそうになりました。

ひとまず治療の方向も定まり、あとはうまくいく事を
祈るのみです。

というかもう親に何があってもおかしくない歳なんですね。
アタシの周りは、芸事のために家庭とか子供をあきらめ気味
の人も多く、親を安心させるために家庭をもって
もしくは何かあっても時間が割けるようにしたら
夢今とかうをのぞきとかもう無理じゃね?
でもそんなアタシはアタシといえるの?とかそういう事がぐるぐると
巡る訳でそういうの誰に話せばいいんだろか
いや、手探りでやるしかないのかなんて悶々と考える訳です。

さっきの、シックスセンスを身内に行使するのはエゴか?
という答えすら出ていない。

アタシのそれでも大丈夫は、
実感の伴わぬ気付け薬でしかないけれど
結局のところ、ある意味失う事もふくめ
進むしかないのだろうと思います。

正の痛みを感じるのを拒んで死ぬことに救いをみていた
二十代からほんの少し前に踏み出してみる。

そんな弱い自分であれ、思ってカタチにしてくれる
人がいる事が今年はかなりハートに響いて
ちょっと戴いたチョコをお守りにしたく写真にした次第です。

安心したら咳がでる。でも明日はお礼参りにいきたい。

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