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2011年11月 7日 (月)

ダンスまたふたたび。

ダンスふたたび
今日は年上の友人、野口暁さんと年に一回会うチャンス、
ダンサークロッキーの日です。
今年も学生は真剣に描画。
去年までは口出しはしなかったアタシですが、
あまりに行き詰まっている学生には今年はちょこっと
アドバイス。
「モデルで一番触ってみたい部分や好きな部分を感じて
そこにフォーカスして描いてから他にうつってみ?」
とか、
ある程度世界観が自分の中で決まっている学生には
「今までの自分の描画に無い線や描きかたを発掘するつもりで」
とかそんなことを伝えていきました。
ダンスふたたび
この授業では、最初に20−30分、暁さんのダンスがあって
そのあと質疑応答をするのですが、去年はダンスの最後に
組み込んでいた自分の唄との即興をあえてこの時間にいれて
学生に手拍子で参加してもらい、場をつくる体験レッスンと

その後学生一人を前に出して、ひたすらコードのAを弾いてもらい
それにアタシが適当に歌って、さらにアキさんのダンスと
手拍子を加えるという土用ラストの閃きで実験をしたんですが
これがなかなか楽しかったので、来年もやろうと即決定。

で、その後の休み時間に興味津々の学生たちが
エヴァリーにタッチ。
面白い光景だったので画像を夫にメールしたところ
ダンスふたたび
なんと!いきなりギター教室ではないか!
・・・いいのか、美術の先生?

と突っ込まれてしまいました。

まあ、楽しけりゃいいじゃないですか、教育なんて。

この授業もそうですが、三年目の授業とあって
去年と同じ内容でやれば、悩まなくていいし、
だいぶ方法に慣れも出てスムーズにやれて
その分楽になって、休息も心に余裕も持てるとは思うのです。

でも、惰性と繰り返しを許してしまうと
年々微妙に移り変わっていく学生のニーズとズレがでて
フレッシュではなくなってしまう。
学生時代、そんな教授の授業に物足りなさを感じてきた
自分としてはやっぱり、そこだけは同調できなくて
大コケする恐怖に胃をいためつつ、少なくとも
年の授業の三分の一だけは冒険をする事にしています。

でも学生と仲良くなってくると
もっと彼らと話をしたくなって、講師が物足りなく感じる
時もあるんですが・・・まあ、それが我慢できなくなったら
全部捨ててどっかで専任の教師になればいいですよね。
父上も占い師じゃなくて、
専任で美術教師になる気はないのか?と毎年言ってるし。

でも、いったい何の先生になればいいのやら・・・
もうやってるの美術とも言えないしなあ。

でも、専任・講師問わず
桑沢の秋から冬のこの期間は
父が高校教師として培ってきた情熱が
自分の血として流れているのを毎年感じる貴重な時間です。

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