« 握力から林檎まで | トップページ | 横浜トリエンナーレ2011にいく。 »

2011年10月29日 (土)

コドモのアタシが泣いている。

コドモのアタシが泣いている。
アタシとってもビビリです。
追い詰められると逆に周りへの影響とかそういうの
全部めんどくさくなって強くでちゃう事もあるんですが
人にとやかく言うのは極力避けてます。
その性格は密かに自分のストレスでした。

なんかちょっと昨日先生とそういう話をして
(アタシにはギターを抑える指の痛みに耐えかねると
小話に逃げる癖がある)
「嫌な事は嫌だと言って良いのですよ」
と先生に言われたことでちょっち考えてしまい
その勢いでチーズケーキを二つも買ってしまいました。

夫と夕飯を食べながら
「この性格は、後々子供が出来た時に注意出来ないとか
躾に悪影響になっから直したい」
といいながら、しいたけ入りの炊き込みご飯を口にいれ
あーだのこうだの言っていたら夫が
「じゃあ、どうしてそうなったの?」
と聞いてきました。

あっと…と言い出した時ふと
小学生低学年の頃の自分の事を今までないがしろに
していた事に気付きました。

顔を合わせるたびに「バーカ」と蔑み
明らかに他の子と差別した女の子がいた幼稚園

一緒に学校に行ってね、と言われた女の子との下校中
その子に「アンタとなんか学校いきたく無いのよ、
親が言うから仕方なく行ってあげてるけど」
と言われた小学一年生、

自習の時間におしゃべりしてた子を注意したら
執拗な無視や背後での悪口を意図的に弱るまで
された二年生、

不注意で道路に出て車に引かれそうになったとき
それを観ていた六年生の男子に集団でどつかれながら
家の前まで解放して貰えなかった帰り道の三年生
(確かこの集団のイジメは半年は続いた)

アタシは親との関係やもっと思春期の頃の他人との関係
もっと遡って前世とかと向き合って、この一番リアルで
シンプルなイジメられっこ時代を置き去りにしてました。

思い出して対処法を考えただけでもウッとくるくらい辛い。
でも、気付きました。彼らが今だに目の前にすると何故か
泣きたいくらいしんどくなる人たちにそっくりなことに。

泣いちゃえば良かったのにね。

うわああああんって泣いて会話を断絶して
誰か来るまで収拾つかなくなるまで泣けば。

耐えることでいつまでも標的になる事は無かった。
負けちゃいけないとか、強くなきゃとか
そう思う事で相手と望まない対話を続け
さらに自分を追い詰めてしまった。

そして結果、大人もだれも信用しないという
他者を無条件に信用するという心を無くした。
こうしてやたらまわりに気を使う女が生まれた。

リストカットとか、吐き出すような日記とか
そういうので求めてたのはきっと
あの頃に味方になってくれるのを求めていたヒーローで
アタシはそんな女の子を一人置き去りにしていた。
よくある話じゃんかって理由で。

で、負け続けたのよね、人の後ろにかくれ
言われなく人を差別し自分を正当化するクズどもに。

自分で自分の責任を取りたくなくて
都合よく逃げ回る人間を無駄に信じる癖を
つける結果になったんだこれが。

夫も同時に思ったのですが、そんなアタシの味方に
なれんのはもうアタシしかいないから
思い出したその場面に今の姿のままで介入し
一つ一つ言ってやりました。

「てめえらが人間のクズだ!!!!」とね、

せっかくなので
車に引かれそうになった時、たまたまその場にいなかった
みどりのおばさんに後日責められたのと
たまたま通りがかってアタシを掴んで引き止めて叱り
いじめ上級生をその場に集結させ、標的にするまでの
時間を稼いでくれたババアにも
「誰にでも失敗わあるわ、でも今度から気をつけよう」
と優しくいえる言語能力くらいもてよタコ!
と八つ当たり。

少しだけ、開けていない引き出しを開いた気がしました。

人間性を信じようが、愛そうとしようが
クズな人種はクズです。
アタシが信じようが待とうが変わらない。
だって本人にその気が無いから。

アタシにできる事は関わる事をやめるだけ。
そして落ちていくのを止めないだけ。

かつてマサカドさまに言われたお告げを思いだしました。
「ミトラよ、ゆるせないとおもうものはゆるさなくてよいのだ
感情など、人間の変容の一形態に過ぎぬ。」

ああ、夫じゃねえけど会いたくなっちゃったな、将門さま。
あの人はヒーローだものいう事が。

と言うわけで今日の写真は飯を狙うマサカド。


|

« 握力から林檎まで | トップページ | 横浜トリエンナーレ2011にいく。 »