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2011年10月19日 (水)

ウサギからデザインまで。

ウサギからデザインまで。
今日はたまたま駅で貰った
メトロポリターナに広告が載っていた
ラビットホラー3D
が気になってるうちに
ネタバレから解説サイトまで調べて
貴重な朝の時間を二時間も使ってしまいました。

そこまでしたのに
ホラーは仕事で充分だから多分行かない
という体たらく。

とある解説サイトを読んだ所
中身はなかなか特に後半が入り組んで
人によっては理解出来ない人もいるようです。

したらふと
中島信也監督の「告白」を思い出しました。
あれは凄かった、謎にしたいポイントと
視覚的に記憶に留めたいポイントが
明瞭に区分され安心して余韻と感情移入出来た。

アタシね、デザインって
美的に明瞭であること
だと思うんです。
用の美は、その形状で用途が一発でわかるから素晴らしく
使いやすい事は、ストレスから解放させる事で
より手段に集中できるから感動する。

対してアートは
美的で深みがあること
もしくは
美的で個人的であること
かもしれません。

アタシの中ではMacはアートです。
FLASHに引っかかる時、
タイムマシンの概念に戸惑う時
どうしてもジョブスという人を思い描き
書き癖のついた中古の万年筆を使うような気分になる。

アタシはデザイン畑あがりの人のアート作品に
物足りなさを覚えがちなのですが
それはおそらく造形が言い切り過ぎていて
深みを感じられないからではないだろうか。

だって「俺の作品がわかんなくっても構わない」
というアーティストは結構いるけど
わかんなくて構わないデザインに出資したくないですもん。

さて、そんなアタシが中島信也作品が好きなのは、
彼がアート的な深みの必要性をわかって
作品にそれを巧みに組み込んでくるからなんでしょうな。

美的に明瞭さを出すことの
プロであろうとする人がデザイナー

さて、こんな定義が出来た時点で
ウサギに費やした二時間を無駄と嘆くのをやめてみよか
と思うようになれた今夜の記事はここで〆。

ちなみに画像は、夢の内容を明瞭に説明しようとして
結局アートになった夫の絵。

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