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2011年10月 1日 (土)

くだをまく教育の季節

くだをまく教育の季節
教育の季節がはじまっています。
たしかに授業で梁山泊とかやり過ぎたよなあ
というか、よく二年も許して貰えたな…なんて
むしろ学校に感謝の念を抱く自分としては
もういっそ、学生が卒業の頃にフェスとかやればいいじゃん
なんて事を考えはじめました。

アートで日本だけで食っていくのは至難の業だけど
でも、それを変えてくれるのは今アタシが
向かい合っている学生たちなんだと信じているんですよね。
彼らが良いデザインをして名をはせ
アートディレクターにでもなってアーティストを起用すれば
日本でも作家にお金がまわるじゃないですか。

室内装飾として、襖や屏風に絵が描かれ
役者のブロマイドとして浮世絵があったなら
用の美の中にアートが生きる仕組みが
もっとゲンダイに有機的に復活すればいいと思うのです。

アタシがインディースの表現者を見せるのにこだわるのは
アメリカに行って嫉妬したのがそこだったから。
写真かとか役者とかアーティストなどが普通に交わる場を
どうしてもアタシなりのやりかたで作りたいわけで。

インディースでそういう土壌が少しでも育てば
時間がかかってもそれはハイアートに影響するのでは
ないだろうかと。
アタシなりに、ドミノの最初の一個になりたかったんです。
しかし、正直集客などをみれば、アタシの思いは
自己満足レヴェルの結果しか出せてない。
でも、もっと俺ならうまくやれるって人が改良版をつくったり
これに似てるけど
もっといいイベントがあるよってものに関心がいく
ハシゴであれば、意味はあると信じるしかないのです。

でも、小さい独立コミュニティがいくつもあるだけでも
良いほうに変わるって思いませんか?

幸い授業に呼んだ表現者たちは集客に走る事無く
学生との貴重な交流の機会として向かい合ってくれています。

少子化を迎え、そしてこの不況、学校は教育よりも
経営に関心がうつってしまう冬の時期かもしれません。
ただそれは、経営度外視して冒険するような枠の授業を
し辛くなるという意味ですが
とすれば、表現者たちが集客を兼ねつつ商業的に
その外枠を埋める流れがくると思うんですよね。

アニメもヴィジュアル系も日本でマーケティングが成立して
海外に影響する流れが出来たのだから
やっぱり日本で流通する仕組みを作る事が大事だと思います。
少なくともその話はし続けたい…

脈絡無く思った事を書き連ねましたが
取り合えずアタシは初日のフガフガ話してしまった
失態を取り返さねばなりませぬ。

…がんばろう。
教えて育てる一方で教えて育つ場であってはじめて
教育だと信じてますからね。


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