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2011年9月17日 (土)

捨てた男の見返し方とサンダーミュウ


「エラくなって見返してやろうなんて意味がないよ。」
と夫は言うのです、

元彼を見返してやろうと頑張る事についての話です。

たとえば音楽で曲がヒットしてテレビに出たとする
女は「ザマア悔しがれ」と晴れ晴れしても
相手の男は
「あの時の女、頑張ったんだ・・・俺見る目あったよな」
とか

「俺への失恋がきっかけでその曲書いたんだ
役にたったじゃん俺」
と悦に入られて終わるだけだよ
と彼は言うのです。

たしかに、別れても一度関係した女は俺の女

と男脳の考えでみると理にかなってる気がします。
だから頑張った姿で振られた相手を見返してやろうとするのは
意味が無い事だと。

もし幾ばくかの復讐とか悔しい思いをさせたいなら
恋人でいるうちに愛を尽くすしかないのかなと思います。

惜しい事をした、と思われるには
つきあっていた時が重要ってことですよね。

でも、結局見返してやると叫ぶ裏にあるのは
自分の人生にあの時間が役に立ったと思うような
オトシマエをつけたいという必死さではないでしょうか。

ちなみに夫は見返すかわりにやったほうがいいのは
別れたあとでもっと幸せになることではないかと言ってました。
うん、もっと幸せになるためにとりあえず
「畜生!見返してやる!!」
と最初の一歩で叫ぶのはアリな気がする。

今日は池袋トライの鳥山オーナーの出演する
「戦闘魔女サンダーミュウとその作者」
という芝居を夫と観てきました。

こっちは父親に対する女流作家の心の区切りの話ですが
役者のクオリティが安定しているので観やすいです。
鳥山さんの役はなかなかに違和感がなくいいですよ(笑)

ただ小劇場の芝居を観て思うのは
出したキャラの幕引きをしっかりしないと脚本の落ち度に見える
という難しさです。
で、あのインパクトのある登場したあのキャラは
その後出てこなかったけど何だったんだ?
という人が一人でもいるとアマチュアに見えてしまうのです
少なくとも私は。

あと「オカマ」の扱いについ厳しい目を向けてしまうんですよね
場面を和らげる道化の役割として昔のギャグドラマみたいに
オカマを使われると、リアルなお友達や知り合いでオカマさん
いないのかなと思ってしまう。

そんなプライベートの場面でも
テンション高く話すオカマいないよ!!
とか逐一突っ込んでしまう。
ヘテロセクシャル以外の知り合いや友人が一緒に行っても
傷つかない芝居がみたいと思ってしまう昨今です。

でもそれ以外の衣装とか、唄とダンスを見せる割合とか
いい感じの芝居でしたよ〜。

写真は観劇のあとで寄ったリストランテ。



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