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2011年8月18日 (木)

苦痛が好きな人などそういないはずで。

苦痛が好きな人などそういないはずで。

今日は都心一番の暑さとか。アタシの出身地である千葉県の
習志野も敗退しちゃいましたが、それでもアタシは夏が好きよ!!!
夏風邪なんかひいちゃったけどこの愛は本物よー!
Kornのヴォーカルのジョナサンがなんでスカートはいてるか気になってwikiで調べたんですけど、アレはケルトの民族衣装のスカートで
彼はバグパイプをふけるんですね。

というかそれ以上に彼が幼少期にいじめや虐待をうけたこと
(だけじゃないけど)がバンドの世界観に影響を与えていることに
興味を持ちました。彼は活動初期の頃、ゲロやメンバーのションベンなどを好んで飲んでたらしいのですが、変態的趣味というよりも
それは、虐げられた過去に近い状況を無意識に選んで再現していた
のではないかとアタシ的には思うからなのです。

小さい頃にうけたような虐待がもうなくなったとしても
身体がというか心が、多大な負荷をうける状況を日常として
慣れてた場合、その軽さが壮絶に居心地が悪いことって
あると思うんです。

占いのお客さんがすごくお金や時間をかけて話をして
ダメな状況から抜け出そうとしてもやっぱり同じ事を
繰り返す時てのは、普通の人が聞くと
「その人は不幸が好きなのよ」
という事になるのですが、アタシとしては彼らと
そこはぐっと抑えて
「その状況が辛いのは確かだけど、自分もその辛さに
慣れてしまっている事」
について理解出来るか話を深める事にしてます。
まあ…通じない事は多々ありますが。
その不幸でお姫様ぶりたい人は別として
辛い事が好きな人なんて本質的にはいないと思ってますから。

ジョナサンの場合、他人からお前は最低と受動的に嫌われてた状況を
「そんなもん飲んでんじゃねえよ!」
と自発的にそう思わせる状況にした事で自己と向き合い
今を生きる選択をかちとったんじゃないかと思うわけです。

自分で自分の生命を幾分ダメージする時、又、ダメージされた
辛さをフラッシュバックさせた時、信じられるのは
自分の生命を奮い立たせる怒りなんじゃないかと思います。
それがヘヴィネスなサウンドとグルーヴをつくる
なんか共感をもって感動します。

つい自分が腕を傷つけていた時代を思い出しました。
コーンのせいというよりも風邪でまいってるせいです。
そんなのやめてという人が、ウザかったから
じゃあ、木版で木を削るんなら文句ねえだろと思って
ハマったあたりを。
やめて欲しいとか、アンタが将来困るからって
いうけど結局あんた達、自分の視界に病んだ奴が
いるのがウザいだけだろー?
と思ってヘッドホンつけて版木ほってたのに
そういうの全部受け止めてそこにいつづける
板という自然に感動してしまったというオチがつくんですが

ただそうやって心の傷と向き合った結果で作品を作った場合
無意識に自分をギリギリまで捧げたものじゃないと
作品として信用できなくなってしまう癖がつくのは
困ったものなのですが。

だからyoshikiのクリエイティビティにすっごくひかれるのかも。

だからアタシは揺れちゃう訳で。
やっぱそうしないとダメなんじゃないかって気分と
いや、そうじゃない世界があるという思いと。
Twitterのフォローを切って、コメント削ったのには
他人の意見に流されず、どっちでいくか見極めたい
という気分があるからです。

他人がいう大丈夫で救われたいけど、でも、それに頼ると
ヒロポンくらいにその言葉を一生欲しくなるくらい弱いですから。
なんか結局自分の話になったけど

何かの悪い環境をどうしても断ち切れない時
朝の連ドラみたいな環境になれないと嘆かず、
それに近いけど、耐えられるような何かにあえて没入してみる
というのは有効な自己救済だというのは確かだと思います。


写真は猫好きの心を破壊するうちの苦痛。

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