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2011年6月26日 (日)

言い切れるという事の怖さについて思うこと

アタシの持ってる政治家の記憶は
汗を拭って日本の未来と正義を訴えながら
Tシャツにデニム姿で手を降るアタシにぞんざいな目をしたり
笑顔で駆け寄って握手を求めるわりに
アタシが目に入ってない顔をしてたり
とかくイラッとくる記憶が先行するのですが

一方で

有権者の声を日々集め
政治を天職に頑張ってる人もいて
そういう人を見落とさぬためにも

アタシの記憶度合いと印象で
政治家を汚いと言ってはならぬ気がします。


何かを一刀両断する気持ち良さに溺れ
一面的な印象で可能性や隠された善を
隠蔽するのは怖いことです、アタシには。

でもその時の気分で言った事が
実は違うよと何かの出来事で教えられたら
その時に素直に修正すればよいことでもあるんですがね。


言いたいのは
ある物事の側面にいろんな顔がある事を
やっぱ尊重して態度を決めたいよね
とアタシは思っている、ただそれだけなのですがね。

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コメント

僕が(というより会社が)応援していた某国会議員センセは、随分と御立派な事を演説された後、恒例の握手では握手している有権者を見ず、次の有権者の方に目が行ってました。
まあ、当然落ちたわけですが…

現政権もくだらない権力争いなんかしてる暇があれば、少しでも早く大震災・二次被害に被災された方を救済する方法でも考えてほしいものです。

ってか、まともな政治家っているんですかねぇ…

投稿: 至峰山人 | 2011年6月27日 (月) 19時51分

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