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2011年5月 4日 (水)

鑑定士の的中率。

鑑定士の的中率。
今日のセバスの夕飯は蕗を利用した和風パスタと
赤ワインビネガーとナンプラーを隠し味にした玉ねぎパクチーサラダで
その様子を猫が盗み見するほどパクチーサラダが美味かったです。

夕飯は今日も平和。

だがしかし、三週間前はこうは行きませんでした。
大きな地震がおこる夢をみた翌朝に地震が起きて
その後テッチャンが「大きいのが来る!」といって真剣な顔をして
その午後には「準備してくる」といって昼の一時から夜の22時まで
出て行ってしまったからです。

さすがのアタシもマジかよ!と思い、たまたまメールがきた数人に
そのことを話しちゃったりして無駄に巻き込んだりしました。
東京には地震はこなかったですが、
その夜は新潟に震度5くらいの地震がきてました。

これのことか?
それともはずしたのか?

答えはでないっす。
でも、5とか4とかその辺の地震の前兆は
なんだかんだ感じ取れるのかな?という自分のデータは取れたんですけどね。

的中率といえば
霊能者、というか鑑定士の仕事が
「依頼人の必然に完璧に作用すること」だとしたら100パーセントには
ならないんだな、ということを考えたりしてます。

ちょっと前に御上に言われたのは
「私はお前の顧客も護るが同時にお前もまた守られた存在なのだ」
ということ。

たとえば、
アタシのところに来たお客が
「的中率の高い鑑定士に会ったのに外れたことで自分の道を模索し始める」
という必然のもとにうちに来たとしたら
アタシは彼が自分の道にいくために結果をはずさざるを得ません。

と、同時に
アタシに必然のある顧客が必要なときに必ず駆けつけられるように
しなければならない時期に取材が来たとしたら
TVの前で大きくはずして影響が出ないようにされる

という選択肢もあります。
あげたのは極端な例ですが、確かにアタシへの依存率があがると
引越しや環境の変化で急激に会えなくなることがあるよなー
という実感はあります。

それを意識化で全部、はずすはずさないがコントロールできたら
本当に神の領域ですよね。
でもそこまで出来たら自我に個性がなくなる気がして
アタシは精進は続けるけど、事象はでたとこを優先することにしてます。

もし霊能者や鑑定士とうまくつきあっていきたいならば
その結果をもってうごいた結果
自分がどう行動して何を経験することになったかまでを
観察して、トータルで一番幸せを感じる結果に行き着く人を
行きつけに選ぶと良いとおもいまふ。

同時にアタシも自分が出した結果に動揺するのは最小限に押さえ、
伝えた結果何がおきたかを観察するように訓練しています。
でもこれをできる精神状態を保つのは何かにおわれて忙しい状態だと
必要以上にパワーを使うのですよね。

もう画家こんどうあやを検索してくださった皆様に申し訳ないのですが
今は版画家として作業するには日々の家事と鑑定で仮想メモリが
一杯一杯なんです、今はホントごめんなさい。

でも、その比重がかわった時には何らかの新作を見せられる日が
くるかもしれないっすね。
そのときがきたらまたお会いいたしましょう!

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