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2011年5月 5日 (木)

イタくてもやらねばならぬことがある。


松崎の嫁としてアタシが課しているルールに
夫の精神的ピンチには味方であることを身体でしめさねばならない、
というのがあります。

うまいものを食べに行こうと提案することから
喧嘩の仲裁(というか介入)
ものまね
ストリップ・・・とまあ、やりかたはいろいろ。

黒川紀章の隣で銀恋をデュエットする若尾文子をみながら
独身時代は、「夫婦とはいえよく付き合うよな~」
と思ったりしましたが

いざ夫婦になってみるとやっぱり
夫の最後の味方でいられるのは妻である自分でしか
ないのではないか?
と思ったりするのです。

そしてそれを行動として示すこと。

これは妻とはいえ越境しすぎではないか?
とか
第三者として考えたらそれはやるべきでない
といわれそうだな、
と思わなくもないことをやることもあります。

そのときは自問自答するのです、
誰の味方でいたいのかと。

100人の世論に迎合するよりも
たった一人の夫にここに味方がいると安心してほしい
そうすると、その「味方だぜ!!」
を表現するためにルールを破ることさえ出来てしまうんだなこれが。

でもそこまで出来なきゃ苗字変えてまで
結婚する意味なんかないですよね?
アタシはそう思うんですけど。

で、それをすると
皆にいい顔していきるのって無理な話なんだよなあ~。
ということをしみじみ思ったりします。

生きている人間は、というか
カタチのある人間はやはり思いをカタチにするのが
ルールだとおもうのですよ。

今は表現ツールがいっぱいあるけど
それ以上に、皆の届いているはず、わかっているはず
という思い込みも増えて人間関係の摩擦の種になっている気がするんです。

アタシの場合はふと人と話すときに
この人はアタシのブログを読んでくれてるはず
という前提で話してしまいそうな自分にぞっとします。

ある意味なんか、生霊化ですよね。
ボタンひとつで繋がれる簡単さを自分のために使ってくれてるとは
限らないのに。

で、うちの夫の場合は悩むと極限まで抱え込むので
とにかく上がってくるときの目印になるというのが
行動の基準になります。

でもこれはどっかで自分がずっとやって欲しかったことの
焼き直しだと気づいてもいるんですけどね。
あとはヒーロー願望?

さてそんなアタシは今日自宅のPCをダウンさせました。
仮想メモリが少ないといってるのに
先日のLambrettaのラストライブの映像編集を無理矢理
やったからです。

早くみせてあげたいのだが、
まずはPCのファイルを外部に移動させるべきか
ビデオカメラ内で編集するべきか
もしくは5・13の彼の企画を優先してちょっとこっちはやめとくか。

うーむ、考えどころであります。

とりあえずアマゾンのネットサーフィンでみつけた
GORDON GANOのアルバムが予想通り素晴らしかったので
今日は寝ます。

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