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2011年4月26日 (火)

寺山修司をしるひと。


去年の晩秋、生前の寺山修司を知る人と話す機会に恵まれました。
その方自体がすごく話しているだけで深まっていく
そんな方ではあったのですが。

寺山さんは、寿命をわかっていたのです。

その人は静かに言いました。

寺山さんには霊感があった!!
・・・というオカルト話ではありません。

寺山さんが侵されている病気の処方薬が
とある年までしかもたない
というのを寺山さんが知っていたらしいのです。

寺山さんは芝居の打ち上げに殆ど出ず
帰宅して新たな戯曲を書いていた。

その言葉を聞いたとき
青森出身のせむし男が不器用にシャイな笑顔をうかべて
立ち去る背中が鮮明に見えて

同時に

小さな机にかじりついて、
自分の生きている時間を秤にかけながら
少しでも自分の生きた証をのこそうとペンをはしらす
そんな必死な男の姿がみえて

アタシは何度も
「寺山さん、寺山さん!」
と叫びながら彼に触れたくなりました。
そしてちょっと泣けました。

白塗りや、とっぴな登場人物の斬新さや影響力の
ヴェールにかく乱されて見えなかった
人間寺山に会えた気がしたんです。

あの人もまた自分が生きている証を必死に残そうとした
表現者だったのだと。

彼の芝居をアングラだといってその表層だけ真似て再演しても
それは抜け殻の模倣に過ぎないんじゃないかな
それってギザギザのTシャツ着て短い曲やってパンクだっていうのと
変わんない何かで。

自分の経験と、時代を読む勘と、そういうのをミックスした結果
生まれたのがあの舞台装置であり話であり
ああ、何が書きたいかわかんなくなってきたな・・・・

もし寺山修司と話をしたいなら、彼の芝居を再演して再現にこだわるよりも
どうしてあの形に至ったかとか
後世まで影響を与えるオリジナリティはどうしたら生み出せるのか
という部分を突き詰めた経験をお土産話にしないと
感動的な対話はできないのではないかと思ったし

アタシは後者をもとめる表現者でありたいと願ったわけです。
たとえへなちょこな何かでもね。

だってその人間寺山の記憶をわけて下さった御仁がこういったから
「アナタをみてコラボしたいとおもったのは
アナタの表現には絶望を打ち破る刹那がある
と感じたから」

そしてその言葉が今アタシの支えであるから。


荷が重過ぎて出来なかった
彼に頼まれた仕事をやらねばならない。

楽しむことはわからなくても、
自分の表現に価値があると信じることは出来るはずだ。

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コメント

田園に死すと草迷宮は迷作ですよね!
奥が深すぎてもう何年も何回も見てます。

投稿: みっちー@らら | 2011年4月26日 (火) 20時41分

私もつねづね、寺山さんの作品を再現する媒体って、その言葉、文字?だけだと思っていました。

彼の言葉を空気のように吸い取った、だれかがそれぞれの表現を、吐き出すっていう感じで、そうすることで命が宿って、生き続けるよなぁって思っていて。

言葉を吸い込む感性も、吐き出す感性も、そのことを感覚で理解できる、特別な人しか持ちえないのかもしれなくて、そうであればそれは、すごいオリジナルなものですよね!

いつか、美彪さんのパフォーマンスを「生で」見る機会があればいいなと思います。寺山さんのファンとして。

投稿: おめでタイガー | 2011年4月27日 (水) 02時48分

みっちー>草迷宮はもう映画公開しないんだっけ?紫が官能的に見える映画だったなあ。

おめでタイガーさま>最近テルマエの三巻を買いました~。アタシも最初はそのアングラ様式にひかれて入っているので実は人のこと言えませんが、いろんな部分で多大な影響力をもつそんな表現を目指す人間でありたいです。しかし、寺山さんの核心を掴むまでにはまだまだかかりそうな・・・。

投稿: ヴィヴィアン | 2011年4月28日 (木) 15時01分

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