« いやはや | トップページ | 久々にスルーアウェイ »

2010年10月 5日 (火)

不肖・ヴィヴィアン32歳、死ぬのが嫌になりました。

不肖・ヴィヴィアン32歳、死ぬのが嫌になりました。
ラスベガスにCBGBが移転するという噂を聞いて以来
もう一度アメリカでGIGするならそこがいいと思い、

と同時にベガスかアリゾナの荒野をバイクで走る
という願いを思い出しました。
それはたぶん、嫁に行くことよりも重要な夢であったので。

でも日本の道でバイクに乗る気にならず
しかも猫飼いだした自分がどうやって
この辺の事情をクリアするのかわかりません。
でもなんとかなっていくのかもしれない。

でもそれ以前に、もう一回ファッションショー込みのライブをしたいですね。
モデルウォークのインストを各バンドに考えてもらうといいかもしれない。

こんなことを思うのは今月の24日のスモーキンのライブに
イラストレーターにポストカードを書いてもらうと決めたからかもしれない。

これ以降アタシの企画で、30名前後に配っていく
ポストカードをかいてくれるアーティストを毎回3人くらい募集するつもりです。
そこにプロフとデザインやイラスト制作の最低の依頼金額を一緒にいれれば
アーティストは自分を必要としてくれるミュージシャンと出会いやすくなるはず。

内気なアーティストがコンペに応募するような気持で
インディースのバンドマンと知り合える。
バンドマンも自分の縁故だけじゃなくイラストレーターを選べる
そういうジャンル違いのアーティストのハブに
自分のカリスマ性というか表現力だけでその接続をやり遂げる

というアタシの狙いがやっと形になる時がきて興奮するとともに
アタシはこのために生まれてきたのだ
という気分にもなりました。

アタシはこれをやるために生まれてきた

そう確信をしたら、何とも自分が内側から満たされてきて
この夢の続きを追いたくなり
あれほど倒れた時が寿命だぜという
自分どうでもいいの思考がなくなり
「死ぬのは嫌だ、やり残しがまだまだたくさんある」
とようやっと思うようになりました。

アタシが自分どうでもよかったのは
こうありたかった自分になれていなかったからだったんですね。

システムを確立したあとそれを皆にパクッてもらえば
日本式のスタイルで表現者がジャンルレスに集まる場所が
ずっと増えるはずです。
これをやり遂げたらステージ降りて版画制作や隠居してもいい。

20歳の秋にBen's Cafeの小さな黒いステージに立ってから12年、
うねうねとうねった長い道のりでしたが
振り返ればその歳月に裏打ちされた経験と自信がございます。

ふと考えるんです、
デカイ失恋をした傷を埋められずに来ましたが
でもパートナーがいて同じことを成していたら
ここまでの自信にできたのであろうかと。

NYで作品が売れた時も今の自分ほど幸福ではなかった
と少し前に書いたのは
バンドがしたいのに出来ない結果残った版画に
当時のアタシは代償を求めていたからです。
心の穴を埋めるのに、
名声を求めても虚しさが意識されるだけでした。

だけども今

仲間だ、ダチだと自信を持っていい合えるバンドも出来たし
家に帰れば伴侶がおり(猫ですが)
フロッキン・モリーのDVDを観ながらビールを飲める
ヴィヴィアンスリーの二人と音楽をつくれております。

ナイーブな自分をクリーンに保つため
プライベートでは極力人に会わないようにしてるので
二人とあうたびまだぎこちなさをだしてしまいますが
でも、アタシに出来ることで二人を大事にできたらいいなと思います。
カズキックの連動企画の話に乗り、
アキランブルを誘って本当によかった。

うん、すがるでも縛るでもなく、大事にするという観点で
スタジオに入れるのは
いざとなったらアタシは弾き語りスタイルでもバンドと互角に共演できる
というカードを持ってるからだと思います。

自分のたどってきた道に自信をもち
「よくやったよアタシ」と言える充足感が今はただただ楽しい。

これで週一回胃下垂の改善のためにキックボクシングジム
に行く時間をつくり
年に一回個展をしてアメリカ西海岸の砂漠に触れられたら最高です。
あ、あとソロのライブもいれたいんだけど

ヤスラギが毎回予約満了で
ユメイマと事情シリーズがブログ程度の告知でとんとん位
お客さんがいっぱいになって
年二回幡ヶ谷junctionで人脈のハブになる
で、学生が遊びに来るような。

そんな生き方ができたら
名声はなくとも生き方で人を魅了できるのではないだろうか。


不肖・ヴィヴィアン32歳、死ぬのが嫌になりました。

この先どんなつらい事があろうと
この今の日々を思い出せばいつでも幸せを感じられるように
一日一日を刻んで生きております。

そして少しでもこの日々を長く維持できるように
願ったり祈ったり
考えたり。
幸せを持続するのも努力だからね。

アタクシ、今とても幸せなのですよ、そこはうん、間違いない。

リアム・ギャラガーが言っていた
「俺は毎朝起きて自分でいるのは最高だと思ってる」
という境地はきっとこれだ。

でもこの幸せは人に分け合う類のものではなく
あなたにもできるよ、と目の奥を輝かせて伝えるような
暑苦しいもので、でもそれゆえにアタシは照れもナク言葉に出来るのだと思う。

だからこの幸せな日々が一日でも長く続けられますように。

ヴィヴィアンスリーより動画「桃色の夜と不幸ぐせ」
携帯はこちら

|

« いやはや | トップページ | 久々にスルーアウェイ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« いやはや | トップページ | 久々にスルーアウェイ »