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2010年6月 6日 (日)

ゲットリアル。


先日買ったタイ料理の本をみながら作った
豚のひき肉バジル炒めです。
なかなか美味かった♪

さて、このまえちょこっと揺れた
アタシのブログをきっかけに考えたことを少し。

中傷や批判をする相手がアタシを誤認している事はあるけれど
実はそれと同等くらいに
アタシを好きだという側の人間もアタシを誤認していたりします。

そしてアタシの思いの吐露の些細な言葉をきっかけに
それがまるでボタンの糸が切れるように留め金が失われ
一気に失望者の側に回るのです。

彼らがなぜそうなるのかって
彼らはアタシの文章から自分の望む解釈を想像し
アタシに理想の人格を創造し、
アタシが一番伝えたいと思っている
文の行間を読まないからだとおもうのね。

もし本当にアタシがAKB48に生まれ変わったら、
その時アタシを襲うのは誤認されたまま愛される行き違い地獄なのだと思う。
事実アタシが版画家時代の人脈と距離を置くようになったのは
正直誤認したまま愛してくる人間をそのまま至近距離に抱え込むことに
疲れたからだったのだよね。

批判記事やコメントがあがるとその相手とやり取りするときに
やっぱ気持ちを乱すけど、それ以上に自分の孤独が身にしみることに疲れる。

そういう記事があがった時にそれまで何やかや書いてくれてた人は
一気に引いて行く訳なんだけど、その理由に関しては皆
無用な炎上や議論を防ぐためと口をそろえて言うんだけど、
商売や客としてのポジションを超えてアタシと関わりたいと
思う人たちほど正論のように言うからアタシは疑問がぬぐえない。

だって彼らがアタシを知り興味を持ってくれたのは、
他人さまからみれば「気の毒」と言われるほどの気づかいだったり
行き過ぎた愛情表現によるところが大きいわけであって
アタシは友情って感覚を共有するとこから始まると思うから
そのアタシのある意味でのピンチという状況で何をするかが
真価が問われる場面なんじゃないかと思うのね

だからそこで思いっきり避けて親しさを強調されても
自分好きのあつかましきチグハグにしか感じられなくて
そういう環境を作り出すことになった自分にも苛立ってしまい
これが疲れの元凶になんですな。

それはどこかでアタシが自分が愛されていると実感する中で
自己実現が出来るという希望なり望みを抱いているせいかもしれない。
まるで王子様を待つように。
ただそれはいきなり親しくなろうとしてタメ語で話し掛けてきたり
長時間かけてアタシのブログの言葉を引用して持論を展開してくる
人間ではないことは確か。

でも、最終的にどんだけ心配しても自分で結局答えを出すだろう的な
オーラを醸し出しているアタシが、ホスピタリティをのぞむのは
難しいことなのかもしれない。

今は多忙ゆえどうしようもないけど心に余裕ができたら
今よりもっと寛容になれるんじゃないかとちょっと思ったりしてます。

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コメント

仰りたいこと、よくわかります。
前にこのブログ(?)で仰っていた、『本当の仲間なら、そいつが「人を殺した」って逃げ込んできたときに、「まぁ茶でも飲みながら、話聞こうか」と言えるかどうかだ』と同じ事ですかね。

私も今の仕事をしていると、それを感じることがあります。
契約云々は別として、「協力(契約)はできないけど、話は聞いてあげるよ」と言ってくれる友もいれば、今の仕事を始めたと言った途端に、音信不通になった友もいます。

責めるつもりはありません。それはその友の判断(過去の経験などから)ですし、私は今の仕事が本来は有意義なものだと思ってますから、それさえぶれなければ、いいんだと思います。
でも、その友とは所詮その程度の関係だったんだと、知る機会にもなっています。

要は、本当にその人と親しくしたい、「仲間だ!」と言いきれるなら、その人が窮地に陥ったときに、自分の利害は無視して、手を差し伸べられるかどうか。
思ってるだけではなく、実際に行動に移せるかどうか。
結果はどうだっていいんです。
与える効果に差があることは、仕方のないことですから。
でも「行動」はできるはずです。
本当の「仲間」ならね。

っと言いつつ、私もあのときは見ているだけでした。
後からメールしたとはいえ、言い訳ですね。
ごめんなさい。

でも、単に見てなかっただけという方もいらっしゃるでしょうし、レスの有無だけで判断してしまうのは、もったいないですよ。
環境の問題もあったかもしれないし、言葉にするだけなら簡単ですからね。

もっと深いところで繋がってるはずですよ。

長文にて、失礼致しました。

投稿: てつはう | 2010年6月 6日 (日) 17時35分

てつはうさま>コメントありがとうございます。
友人がもし人を殺したら・・・の言葉を教えてくれた友人は、アタシが霊能者になったあたりから特に親密になった人で、最近彼女がアタシの本質をなんとなく受け入れて声かけしてくれることで安心感がここ二年くらい増えた気がします。

でもこれは霊能者という職業だからこそというわけではなく、てつはうさんが心情を書いてくれたように、あらゆる場面で起こることなのでしょう。

仕事柄でいえば一つのことを集中して霊視出来てもデスクトップの向かう側の100人が何を考えているかは形にされなきゃわからないという普通を生きてる。

あなたは人に期待しすぎだ、と言われてきましたが
それは同時に、人の期待を上回る何か、
にこだわった結果かもしれません。

今回の文はそのあたりのフラストレーションを自分なりに整理するつもりで書いたので、なんとなくもうアタシは結論を出すと思います。


投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 6日 (日) 19時24分

ヴィヴィアンさん>
ヴィヴィアンさんも、ヤスラギから出れば霊能者でも超人でもなく、一人の人間であり、女性にすぎません。
他人からのイメージや期待は、時には凶器になるかもしれない。

例えがおかしいかもしれませんが、私たちが小さい頃に流行った、エリマキトカゲ。
メディアでは、襟巻を広げて走っていく姿が映し出され、常にそうしているかのようにイメージが植え付けられましたが、いざ実物を見てみると、そんな姿は見られないどころか、全く動かない。

なぜなら、襟巻を広げて走るのは、身に危険が迫った時のみであり、それをすること自体、途轍もなく体力を消耗するので、命がけで大抵は死んでしまうからです。

でも、メディアでイメージを植え付けられた人々は、全く動かないエリマキトカゲを見て「つまらない」だとか、「違う生き物だ」などとののしりました。
でもそれが、本来の素の「姿」なのです。

私も他人からの間違った私のイメージ、期待に疲れて今のような、個人で動けるような仕事を選んだ部分もあります。
他人からのイメージや期待に答えようと、努力する…でも過度なものはいつか疲れてしまうでしょう…だってそれは「自分」ではないんだから。

考えてるだけ、思っているだけでは相手には伝わりません。
それがまた、他人からの無言の期待、イメージに繋がって結果、重圧になってしまうのかもしれませんね。

でも、火のないところに煙はたたない。
自分のプライドに拘るがために、良く見えるようにしようとするが故に、相手に間違った期待、イメージを抱かせてしまっている部分もあるのかもしれない。
その結果、自分の首を絞めているのかもしれない。

「本当の自分」は自分にしかわかりません。
考えてるだけ、思っているだけでは相手に伝わらないですから。
100を伝えても、100とは伝わらないですし。
人間は「知性」を持った動物ですから。

ただ、「思いやる」ことはできます。
誹謗中傷を受けて、全く動じない人間なんていないでしょう。
イメージや期待に関係なくね。

普通という「素」の自分でいられたら、どんなに楽で、幸せでしょうね。

なんか…うまく伝わらないですね…長々とごめんなさい。
応援したい気持ちで、それを言葉にするのは難しいですね…

投稿: てつはう | 2010年6月 6日 (日) 23時15分

てつはうさま>えりまきの喩えわかりやすいですね。
アタシは結論としては達観ではなく
慣れろかもしれないと思っています。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 7日 (月) 01時59分

あの
昔ギーガーがこんなことを言ってたのを思いだしました。
「僕の作品をみた人たちは、僕と作品を誤解して解釈し、僕に会ったときに『私の苦悩を理解し、表現してくれるのはあなただけだ』と近寄ってくる。僕は愕然とし、一気に疲労感におそわれる。僕はただ美しいものを作ってるだけなのに」
ギーガーの作品をみて同調するという人たちには精神的に病んでるひとが多かったみたいです。現に私がギーガーの作品に強く惹かれたのも思春期で多感で半分欝で学校という箱の中で暮らすのがままならなくなった時期でありました。そして確かに彼の作品の中に安堵感を覚えていました。なのでギーガーのこの言葉をきいたときは非常にショックでしたが、後々自分が作品をつくる側にたつと、なるほどなと…(私もメタルやらハードコア的なものばかりかいとったんで)なんか いろんな想いがあるんやなと。
みとらさんはみんながいつも「このひとは助けてくれる。このひとは自分の理想だ」って思わせちゃう電気みたいなのをまとっちゃっているのかもですね。カリスマ性。
みとらさんのもってる愛がいろんな形になって届いてしまうのかなって思いました。
必要としているひとは微々たるものでもキャッチしてしまいますよね。そして期待してしまう力が入れば相手なかに自分をみてしまう。
あれ?
私なにを話したかったんやろ。?
ふむ。みとらさんと話をしたかったみたいです
コメントしたらお腹がすいたので豆腐に納豆とキムチをのせて食べようと思います。
はぁそろそろ夏ですね
ビーチでサザンでチューブですね。
ろけろー

投稿: 色香運転手 | 2010年6月 7日 (月) 11時56分

色香運転手さん>話したかっただけかも、と言って貰えて嬉しいです。まとまった文脈じゃなくても、コメント欄でアタシの書いた事に対して同じフロアで内面や自分の経験を明かして貰えた事に、久々に安堵感をおぼえました。

自分だけではない、と感じさせて貰える事が、金言や格言よりも暖かいことかもしれないです。

色香さん、てつはうさんありがとう。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 7日 (月) 23時43分

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