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2010年6月 8日 (火)

天使の傲慢さと悪魔の真摯さ。

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最近読んでハマった小池龍之介という同い年のお坊さんが書いた
「考えない練習」って本に
現代に蔓延するありがたい病ってどうよ?って項目がありまして
乱暴に書くと今はなんにつけてもありがたいって言えば幸せになれる
っていうけんど、そもそも現代は病的に何にでも感謝って言い過ぎなんだよ
お釈迦様は弟子によく頑張ったねとかそれでいいんじゃね?とは
いってたけどありがとうなんて言ったことねえよみたいなことが
書いてあって、その妙にクールなニヒリズムに
そうだよね~、もっと言ったれ坊主!!とか不謹慎にも熱くなりました。

最近とある思想に開眼して気持ちが楽になったのですが
その1つが「身体は借り物感謝して使えなんて思えるかアホンダラ」で
もう1つが
「ポジティブな人間に囲まれた幸せで余裕のある人生なんかねえよ、ボケ!」
です。

絶望が足りないってさらに深くもぐってテンパって苦しんでるくらいが似合う
って言われるのもイラッとしたものの
今よりも時間に余裕が出来て、身体が健康でいるアタシはきっと今よりも
深く安定した霊視が出来て作品も作れちゃって穏やかな気持ちになれるのだ
という理想を意識して現実を生きるギャップは実はアタシを相当に苦しめてました。

おそらくアタシはある意味でスピリチュアルな思想に毒されていたんだと思います。

身体は魂の借り物というけれど、
アタシにとって身体はアタシがアタシであり続けるための運命共同体ですよ。
魂はシャッフルされるかもしれないが、アタシを今世でアタシにしてるのは
この体しかあり得ない。
ミトラとして生きようがヴィヴィアンとして生きようが近藤彩という住所から
逃れる事はない。むしろこの住所をしっかり生ききる。
プライスレスなマイホームです、身体とは。

どこのスピリチュアルが言おうが知ったこっちゃないですが
だれが大家の敷金を礼金を気にするような使い方で生きるかこの野郎!
だから皆霊的に磨かれてるって人間ほど無個性になっていくし。

正直胃は慢性的に痛いし、
セブンイレブンの100円らーめん以上の量のラーメンは食えないし
午前二時より前に眠れたことも最近ない。
だけど、霊視という領域ではじめましてな人たちと魂で深く理解し合うことに
挑戦し欲しい言葉を探す駆け引きは最高にやりがいがあるし
見えたもので意味をたぐってビリヤードみたいに近未来の行動を決めて
動いた結果その人の人生が動いてどんどん顔が明るくなってくのを見るのって
こういっちゃなんだけどよっしゃ!!!!って思うんだよね。
もっとどっかんどっかん幸せにしたいよなって素で考えるもん。

版画作ったことで桑沢で学生とあって、そいつらの作品ふれて
ああなりたいこうなりたいとかいう話聴いて一緒に熱くなったり
ギター持って居合わせた人間の心のドアをガンガンたたきまくって
企画やって何かを少し影響与えてるかもって手ごたえを感じながら
自分を使い倒してる自分て実は最高恰好いいなと思ったりするし。

だからアタシ、もうこれでいいなって思ったのね。
思考回路でNOだと言ってもどっか気になるものは倒れたら学ぶじゃんか
身体に教えてもらってそんときにこれが限界だったかーってさ。
アタシの身体も多分アタシ以上にどうしようもなく無理が好きなんだよ。

そんなわけでアタシは死ぬ時に、自分の体と細胞に
「隊長の魂を宿す身体としてこの世界に存在して我々幸せでした」
と言わせてやればいいと決めたのね。

アタシさえ生まれてこなければ良かったって自問自答で
人生をはじめたアタシは、ポジティブな人間たちの思想に馴染めないんだと思う。
もちろん時間と年月を経て、アタシもポジティブになった部分はある。
で、そう思うと同時に、努力してないと思う人間の数は増えていく。
今のポジティブを維持するために付き合ってられるかって切り捨てる人間が増える。
幸せって極めれば極めるほど傲慢で排他的だよ。
逆にネガティブってパワー使うよ。自分がこうありたいって欲望と渇望で人を
真剣に追いかける黒さって底がないと思う。
でも、アタシだってネガティブからここまで変われるんだからアンタもいけるんちゃう?
ってついそっちの人と話したくなってしまうんだな。

......すいません、勢いで中盤ついに飲んでる時みたいな口調になりました。

アタシは人間という存在を深く愛したいのだけど
それゆえに足を引きづり込まれるのですよね。
そしてそんな姿を「ほら言わんこっちゃない」と
対岸の火事のようにその他大勢の方に傍観されて成り立っている人生で。

でも対岸の連中にも、足を引きずる輩にも
てめえらの思い通りになるかバーカって蹴りを入れながら
まるで蜘蛛の糸のカンダタみたいに生きるのがアタシの道なんだと思います。

上野の弁天様にも
「人が決めた幸せの鋳型におさまるような
つまらない人間におなりになるでないよ」
と言われましたから、
マニアックでカルトな2010年のRJみたいな女として
胸を張って生きていこうと思います。

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コメント

「現代は病的に何にでも感謝って言い過ぎなんだよ」
の、のっけから続く文章に至るまで、とっても同意です!
ポジティブな言葉の持つ良い流れももちろん認めます。
でも本来は感謝もポジティブワードも、もっと複雑な文脈の中に組み込まれて、色々なニュアンスを含むべきと思います。
最近の風潮はThis is a pen.並みに単純。
マニアックで複雑な文脈を持つ単純な真実を大切に〜、というような女だと思います、ヴィヴィアンは。
私もそうありたいなーと思います (^^)

投稿: 及原 | 2010年6月 8日 (火) 02時57分

及原さま>マニアックで複雑な~から続く部分がまさしく自分な感じがして、朝一からスゴくスッキリした気分になれましたよ!嬉しい!

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 8日 (火) 09時18分

私もポジティブになじめないです。
どうしても、ポジティブな人の影で辛酸舐めてる、縁の下の力持ちの「これでいいんだ」をどうすんだ?みたいな気分になってしまい...
ポジティブを推奨する方に「いっぺん、地獄を見てから同じ事いってみ?」と思ってしまいます。私、やばいかも...

投稿: カッツェ | 2010年6月 8日 (火) 16時56分

カッツェさま>地獄の度合いを測るのもまた難しいことですよね。要は慣れ合いにならぬ関係を築くこと、これに尽きるかもしれません。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 9日 (水) 00時24分

>「隊長の魂を宿す身体としてこの世界に存在して我々幸せでした」

いい言葉ですね。あたしも、そうして死にたいな。

投稿: 土屋 怜 | 2010年6月 9日 (水) 01時17分

土屋怜さま>今をしっかり生きないと、ですね。お互いに。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 9日 (水) 08時55分

ひさしぶりにコメントさせてもらいます^^

やっぱり御上からって言葉もらえるんですよね。
最近僕・・・これに気付きました。
もらえるって言うか・・・『気付く』感じなんですが・・。
何気にいろんな人からその気づきの言葉ってもらえるんですよね・・・。
最近自分の過去が見えてきたり・・・他の人の事が解ってきたり・・・ちょっと不思議な体験の連続なんですが・・・。
ここで書かれてる内容を読ませてもらうとやっぱそういう風にして知るもんなんだ~っとちょっとだけ自分がその入口に入ったようで興味深く思っています。

その人がどっから来て・・・なんで会って、なんでいろんな事しゃべってるか・・・。紡げば紡ぐほどいろんな真相が見えてきてびっくりします。
僕・・・だんだん気付きだしちゃったかもしれません。

投稿: d | 2010年6月 9日 (水) 19時22分

Wonderboy d>この人は放って置けない!という人には、利害抜きで、真摯な気持ちで使うこと。そして声に反する時は痛みと覚悟を持って進むこと。これが鉄則。さらに突っ込んで話をしたい時はお店においでませ。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月 9日 (水) 21時45分

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