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2010年6月15日 (火)

映画「告白」を観た感想。

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 結局ソラニンを見逃したアタシが、告白は三往復しても観に行ったのはCMの段階からあふれ出す表現のギュギュっとした詰まり具合であった気がする。身の詰まった作品はCMの段階からでもわかる。はたして、作品だが、上映が終わった瞬間に客席のあちこちからため息がもれるものだった。無理もない。原作読んでなきゃけっこうに展開がスリリングで残虐なシーンがどのレヴェルまでいくのか想像がつかないんだもの。

 音楽の使い方がうまい映画監督をアタシはとても好きだけど、この映画は観終わった直後に感想を言うのが難しい。シーンについて口に出そうとすると、感情移入した部分について語りたいのに、思い出した映像についうっとりしたりして、映像にやられたのか、シーンにやられたのかなんだか整理がつかなくなるのだ。それは、感情から、映像から音楽から全てがきちんと素材を把握され、びっちりと隙間なく埋められたパズルのような勢いだからだと思う。唯一アタシはサッポロビールの卓球の時は好きだったCG感が、この映画で出てくるとなんだか機械的に感じられてちょっと違和感がするのだが、これも中島テイストとして許容されるのも時間の問題だろうと思う。ちょうど土曜日の美の巨人たちでドメネク・イ・モンタネールのカタルーニャ音楽堂って建物を紹介していたんだけど、それに似てる。オーソドックスで重厚な作りでありながら、各部の装飾に圧倒される美が施してある感じ。隙がない。だから苦しい。緩さがないのはやっぱ監督がアートとかデザイン畑の人だからだろう。ダメ出しが出来る作品って実は観客に優しいのかもしれない。

 パンフレットをみても、端役のクラスメートのあだ名と所属部活まで全員分が決めてある。裏の設定まできちんと明確に作りこんで把握する徹底ぶりと伏線の引き方は、アートのそれだと思う。ただ、アタシはこの監督は5年以内に二つの方法を試すのではないかと思う。一つは人物とキャラクターを前面に出した人間臭い作品と、もう徹底的に感情を排したアート映画と。この作品は両方の要素がギュギュっと縫い合わせちゃった感じがして彼は今後、これ以降の作品では要素をひとつずつ抽出して表現を試していくそんな気がするのだ。

 てかこの映画は、霊能鑑定士としてもみていてとても面白かった。誰かが乱した秩序のカルマが周りに波及して影響を与え、本心と誤解が表裏一体になって起こるべき事象を引きおこし、その流れに感情が一番シンクロした人間が秩序の回復のために善悪を超えて動き、結末に向かう。ラストの映像は圧巻だ。中島監督は神の視点をおもちだね。そして森口先生が冒頭の告白の通り「ある程度生徒に距離感をもつ」というキャラクターだからこそ、引き起こすものとして冷静に事態を動かすのだと思う。

 でも結局あとに残るのは、人間はわかり合いたい生き物なんだという事実。森口先生が動いたのは結局、アタシと同じステージに立ち、気持ちを理解しなさいという思い1つだったんじゃないかと思う。共感を求めたというか。日々元彼への未練などを告白される仕事をしているアタシとしては、その思いもやっぱ、同じ痛みを知ってという切実な感情故なんじゃないかと思った。告白する人間は、乗り越えた人間に同調するか、同じ土俵に引きづり込みたいと思うかの違いでしかないんだよ。と思ってパンフにあった作者の言葉をみたらまさしく同じことが書いてあって嬉しかった。

あと、男のマザコンを責めちゃいかんと再確認ができるよ。

必見映画。あと、サントラはアタリです。

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コメント

カタルーニャ音楽堂はすごい。見たい。
中島哲也監督作品は「パコ〜」しか見たこと無いけどおもしろかった。
そしてヴィヴィアンをここまで動かした映画…
ということで、ノーマークだったけど見たくなりました。

投稿: 及原 | 2010年6月15日 (火) 12時30分

及原さま>中島監督はパコ以外みているのですが、心の傷をエンターテイメントに昇華する力がアーティスティックだなと感じるのです。ごく個人的な感傷にとどまらせないで、かといって傷ついたものの心もちゃんと救うそれは彼の愛だと思います。という訳で必見◎

投稿: ヴィヴィアン | 2010年6月15日 (火) 14時12分

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