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2010年5月13日 (木)

あと300メートルだけ自分を追い込んでみるという決断

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とある音楽のベテランさんから昔、
あなたはテンパってるくらいが似合っている、
といわれた事があったのですが
実際のアタシはそのことがとても苦しく、
バランスをとることを切に求めていた気がします。
桑沢においても
「先生はそんなに周りに気を使って疲れませんか?」
といわれる始末でありまして

一時、ふと仕事中に意識が混濁したり、言葉がまとまらなくなったり
寝付けなくなったことがあってスープストックのごはんセットさえ
時々胃がもたれて食べるのがこわくなったり。

身体に無理をかけると集中力が減って、見えたビジョンの
ニュアンスをネガティブに語ってしまう怖さと負担があり
制限できる活動を制限してきたのだけれど
それ以外にも
こころを落ちつけて事にあたる満足や充実感を触り始めたものの
そういった人達と触れ合うには
破滅を求められるヴィヴィアンというキャラは
どうしても厳しいと感じていました。

そんな時、お店に来るお客様の「先生大丈夫?」と気遣ってくれる
言葉がなんとも身にしみまして
この人たちと過ごしていけたらアタシは
ライフワークバランスとか、無理しないとか
そういうことを自然にできるようになれる気がしたのです。

どの人間に囲まれるかはその人の人生を左右するものだから。

最近くだらない話をしてねえな、
と思っても誰かをチョイスする気力がないから
散漫にメールを飛ばしてみたりもしました。

音楽や版画ともこのまま遠ざかるのかな?なんて焦りとか
そういう人間ぽい感情を鑑定に反映させないように細心の注意をはらったり
そんなことをしばらく続けてきたけどふと

でも実は
むしろこの変わりたいのに変われないことのジレンマこそが
(望まれてるのに楽にできない感じこそが)
一番自分を苦しめているのではないかと気づいてしまいました。
恋人がほしいと願ったのも結局、
穏やかになりたかったからだったんですよね。
でも自分に出来ないことを望むことが自分を一番苦しめたわけです。
走る人間には走ることしかできないという宿業がある。


環境は人に影響するが、人は結局自分の意思でしか変わらない。


ここで音楽から離れることになったらそれは
アタシにとって音楽がそこまでの存在だったということで
アタシがもし倒れてしまうというならそれは
そこがアタシの寿命ということで
もし忙しさや体力を理由にお客さんに満足を与えられないなら
それがアタシの霊能者としての限界ということで
その時に廃人にでも何でもなればいい。

それを他人さまから言葉を戴くことで修正したいと願う事は
甘えでしかないのだと今更気づいてしまいました。

アタシは結局、擦り切れてしまったら
生きている間に何をしてきたのか分からなくなってしまいそうで怖かった。

でもそれは、休息したいが休息出来ないと呟いて
過ごして取り逃がすなら灰になってしまうことを考えたほうがずっといい。

版画家時代の時、アタシは版画を見に来た人に
ロックとは喪失の美学だと語っていました。

多分それは結局ロックの話ではなく、アタシ自身の話だったんでしょう。
しばらく愚痴も弱音もやめて
少し先の未来のことだけ考えて生きていきたいと思います。

写真は昨日発作的にドカ買いしたアイス。

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コメント

アーティスティックなことは判らないが、創りたくなるまで待てばいい。
惰性でモノを創るほうが虚さがある気がする。
芸術って、そんな気がする。
だからあえて伝えたい。
「キミは追い込み過ぎてるよ。だから、頑張らくてもいい時期があってもいいと思う。」

投稿: ブラッディAB42 | 2010年5月14日 (金) 19時57分

ぶらさま>お言葉ありがとうございます。
もし倒れでもした日には骨でも拾いにきてやって下さいな。

投稿: ヴィヴィアン | 2010年5月14日 (金) 22時51分

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