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2010年2月17日 (水)

ブログ読者とアタシと関わる全ての皆さんに聞いてほしい事があります。

 こんなことを書くのは一度きりにしたい、と思います。ブログ読者の皆さんに聞いていただきたい事がございます。とても長いですが、どうか読んでください。

最近当ブログのコメント欄に記事内容に一切触れない業者以外の方のコメントが増えてきました。こんなことはブログ書き始めて四年あまりの日々の中で初めてのことです。感情の高ぶりによる一時的な現象と考えていましたが、どうやらこのままでは分母が限りなく増える予感がし、私には珍しく下書きをして記事に臨んでいます。

 コメントはきっかけに過ぎません。実はコメント以外にもmixiからPC・携帯メールに至るまで、私に届くメールの99.5%が送信者の内面吐露とお願いと相談で占められています。血族含め、です。気がつけば、24時間カウンセラー状態となり、たわいのないメールでも相手が自分の近況について話し出しただけでも、無意識に身構えたり緊張が走るようになりました。私の近況を気遣ってくれる人の思いを感知できなくなってきました。何ヶ月か一度、お金をためて思い切り私と話すのを楽しみにお店に来た人の笑顔を受け止めそこなって焦ることが増えてきました。

 そもそも年少時代から班長とか学級委員とかになりがちだった私は「この人ならわかってくれる」「放っておいても大丈夫。」と認識されることが多かった気がします。自分の内面を吐露するより前に、自分に話している誰かの聞き役になるのを優先するのが当たり前として育ちました。家庭でもそうであったと思います。「この人になら。。。」と個人の秘めた思いを打ち明ける存在として選ばれるのはありがたいことです。ただ、その歪みが反動となり、ストレス性の腹痛や自傷行為、安定剤のお世話になったこともちょくちょくありました。「話をきくよ」といった人を信じたら最終的に逃げられ、裏切られた思いから行為がエスカレートしたこともあります。しかし、そういう時期の絶頂で出会った恩人もおりまして、彼らが私の声を聞くために声をかけ、時間を割いてくれた事が心の支えとなり、今の私があったりします。「つらい時はぐっと耐えろとHRで言ったけど、お前だけはそうするなよ。」と言ってくれた中学時代の恩師の言葉を、去年企画で借りた箱のオーナーに同じように言われてたりもしたし。

 されて嬉しかった事は真似して引き継いで、悲しかったことは断ち切って引き継がない、私は人と向き合うときは出来る限り正面から向き合い、言葉を尽くすこと、そして、相手の意思を尊重し、その思いと言葉を同じ分だけ引き出すこと、そして心に寄り添い、出来る限り味方として話を聞く努力をすることを美徳としてきました。時々エキサイトしてしまう事もありますが、これは私の長所でもあるのだから、最大限生かして生きようと心にきめて。

 ブログと前進のメルマガをはじめたのは版画家の頃です。好きなアーティストのインタビューを読んで、彼らの考えや好きなものを仕入れて好奇心を育ててもらったアタシは、アタシの作品を嬉しそうに眺めてくれる彼らにもアタシの好きなものや思いを伝えて、同時にもっとクールなアーティストになりたいと思ったのがきっかけでした。文章を書くこと事態も好きだったのですが。霊能者となるというアクシデントを経て、文章を公に出すことは、私が一人の人間として自己主張する唯一の場所ともなっています。でもそれ以上に、感情ダダ漏れのスタイルをあえて押し出すようになったのは、人間は多少毒を吐かねば心の垢が落ちない生き物なのに、そんなこと考えるな、きれいな言葉を使えだの怒りを抑えろだの、形式的な説教を霊能者にされて余計に苦しそうになってる人に結構出くわしたからでした。浅はかな霊能者に人間の尊厳と個人の魂をぶっ潰されてたまるかよ?という負けん気とプライド、あと当然もっと客も欲しいという思いもあって(苦笑)、霊視能力を上げ続けてきました。それが人に喜ばれ、自分にとっても良い道だと信じて。

 でも、一方でここにきて、その精度があがることが、いたづらに依存者を増やし、客から人生を奪っているのではないかと悩むようにもなりました。戴き物をブログに載せるようになったのは、鑑定なんて只でさえ高い買い物なのに、それにプラスαするお客さんの気持ちが驚きだったし、嬉しかったからそのアリガトウを少しでも形にして伝えたかったんだけど、かえって店に来る気軽さを奪ってないか....?とか。

 嬉しかったことを形にして、嫌だった事はしないというシンプルな行為がどうして自分の首を絞めるようになったのか?コメント欄のかわりにお客同士が書き込み合って助け合うような場をつくったらいいのかな?と考えるも妙案に至らず、コメント欄を削除してmixiもやめてさらに引きこもるにも決心がつかない。でも、このままでは私の夢は潰れるかもしれない・・・17歳の頃、「アタシさえ犠牲になれば周りはうまくいく」と言い聞かしていたあの頃、ふとレンタルしたブルーハーツが衝撃で。ヘッドホンつけて、ラジカセベッドに引きづり込んで、終わらない歌をリピートしながらクマのかわりに抱きながら眠ったんです。耳に流れる甲本ヒロトの声はたった一人だけ「大丈夫?どうしたの?何を話してもいいんだぜ?」と言ってくれるトモダチみたいだった。そうこうしてたらミッシェルにあって、今、周りに救いがなくても希望になれるものがある、それを教えてくれた音楽への恩返しがしたかった。朗読でステージに立って、版木を削って、10年かけてやっとギターに触れました。たとえ支持者が少なくても、ライブ音源やイベントのメソッドという形でも残したいと願ってここまできた。でも店でも大事に思う人が増えて。切り捨てるのも、冷たくするのが答えとは思えない。

 人として大切にしてきた事を夢のために破るのかその逆か。でも私はこれまで投げやりに文章を書き散らすばかりではなかったか?それは状況はちがえど同じ行為ではないのか?だとしたら向き合って語ることが唯一出来る事ではないか?そうやって思いを真正面から伝えてから答えを出そう、そう決めて下書きのペンをとりました。今日のこの状態は、人に壁を作らなかったり、店という一線を徹底せず、今このタイミングで伝えなければいけないという思いを優先してしばしば行動した自分自身に一番の責任があります。

 あなたが思い乱れてアタシに何かをしたためるのは叶わぬ誰かへの思いや、孤独があるからかもしれない。でも一度だけでいい、考えてみて、目の前の相手の状況や都合を考えず、一方的に思いを垂れ流す人間をあなた自身は愛せるのでしょうか?私に何かが出来るなら、あなたを幸せにしたい、だけれども、あなたがアタシの言葉に納得も理解も出来ないのであれば、おそらくあなたの力になれる霊能者はいや、人間は、アタシではないのだと思う。互いの立場や状況を思い合えない関係に友情、いや、信頼関係はなりたたない。アタシとあなたはそれこそ本当に、霊感やお金だけの道具になってしまう。少なくともアタシは、嫌だ。この記事がもとでお客さんがいなくなって、仕事にできなくなるとしても。アタシはどんなに孤立しても、表現と御上だけを拠り所にする日がくるとしても、人間は愛するためのものだ、アタシにとっては。そしてアタシは愛するために生きてる、たぶん。

どうか、

どうか

アタシに

アタシにあなたの人生を丸投げする前に、あなたの心の中にいるあなただけの神の声を聞き、大切にしてほしい。そしてその声を信じて行動してほしいのです。最後の最後は。アナタの望む未来をつくる神は、精神という神です。そしてそれに基づいた行動は見えぬものを信じても信じない人同士でも語り合うことが出来、誰かの心を動かし、あなたを強くするはずです。そしてそれに基づいて行動した経験は、生きることへの敬虔さを生むはず。

長くなりました、ごめんなさい。読んでくれてありがとう。
あとはあなたにゆだねます。

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コメント

メッセージ読みました。
いくつかの要因でプライベートを開放し切ってしまった印象です。

ある方がお客様のクレームを受けることを仕事として始めたという話がありまして、この方は1ヶ月もたずにストレスから病に倒れたと聞きます。
偏った環境は人としてのバランスを崩すのは当たり前とと思います。

最近思ってたことがあるのでお伝えします。
プロとして、顧客と接する場面は業務時間に限定するとして、一方通行の受信メールアドレスを作ったらいいと思います。
これは共有したビジョンの結果を知り、今後の仕事に生かす為のもので、善意の顧客がアンケートに応えるような性質のものです。
それがあれば多くの問題が解決するように思います。

深い仔細があっての内容ではないので、場合によって本書き込みは削除してください。
でも総合的に良いアイディアだと思ったので、お伝えします。

本当、いつもありがとうございます♪

投稿: だい。 | 2010年2月17日 (水) 04時23分

読みました。了解す。
とても真摯な文章だと思います、うん。

投稿: ぺこ虫よねっく | 2010年2月17日 (水) 16時48分

そんなSOSを出さないといけないぐらい疲れてるなんてダメですよ。
読んでいて悲しくなるではないですか。

投稿: kats | 2010年2月17日 (水) 17時03分

美虎さんの気持ち真剣に受け止めました!
私は美虎さんの負担になっていたのでゎないかと反省しています。


美虎さんが美虎さんらしくいれて、自分や皆を愛する状態でいれることって凄く大事だと思うので、美虎さんの想いがわかってよかったです!ありがとうございました!

投稿: ひろこ☆ | 2010年2月17日 (水) 20時34分

タイトルに呼ばれた気がしたので一読。

返しは自分の日記で書きます。

投稿: ハネダアズサ | 2010年2月17日 (水) 21時22分

そんなに追い込まれていたことを知りませんでした。かつて、授業である先生はこう言っていました。医者と占い師は似ていると。医者も治ることは断言できません。ただ、治るよう最大限の努力は尽くします。占いも同じですよね?鑑定した未来が必ず当たるとは限らないけど、良くなるように方法は教えていますよね?治癒力にも個人差はあります。私が指摘された想像力にも、多分個人差があります。そう考えると人により、良くなる時期が異なるのは仕方がないものです。実際、ミトラ先生は皆の心の病の医者のようなものですよ。
特別な力をもってるんですから、これからも、その力を最大限いかして下さいね!気持ちは伝わりました。

投稿: ベリーダンス | 2010年2月17日 (水) 21時35分

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