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2008年11月 7日 (金)

マインドロックとしか語れねえよ、松島節、松島英生。

2008/10/20高円寺「楽や」にて「ばすけっとけーす」 撮影:六九狂ヴィヴィアン

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WALLのステージから転げ落ちるような激しさで声を枯らして男が叫んだ。「おお、君の体を縄で縛りたい」白い照明とたった一人でステージで戦う姿に失礼ながら「コヤツ、やるな」と思った。性的嗜好の向こうの極限の愛情に切り貼りされたバスケットケースはもはやグリーンデイの曲ではなく、彼のものだった。遠藤ミチロウさんがKnock’in on Heaven’s Doorを自分のものにしてしまったように。そして曲目は続き「運命」にたどり着いたときステージは今まで見たことのない情熱にたどり着いた。衝動、でもない、ロック、でもない、しいて言うなら激情?見たことのない文脈だった。音楽に何かほかの人と変わった何かが入り込んでいる。白いライトに照らされた逆光に美しく映える彼をみながらとにかく声をかけよう、そしてユメイマに誘おう、と決め話を聞いた。


「中島みゆきの夜会を観たんです、DVDですけど」そういった時に、おお、と思った。演劇か!演劇的文脈かと。何度観るたびに動画にしたい、この激しさは動画でなければ伝わらぬ、とかねてから思っていたが、この夏奇跡的にデジカメの使い勝手を良くし、Youtubeも習得したので晴れて秋の高円寺に彼の動画を撮りに行った。したら他の人も動画を撮ってたのでアタシ映像が単独デビューではなかったのだけどまあ、アタシは満足した。ライブなバンド、ではなくライブな弾き語り、見せる弾き語り、自分の体で感じるものを大事にそれを究極まで追い求める弾き語り。歴千のライブを経て彼のギターは職人の彫刻等のような個性が出ている。がりがりに削られたギターの表面、延長され、テープをぐるぐるに巻かれたネックのトップにしっかりと固定されたチューナー。アタシは彼のカロリーの高いライブを見るのと同時に彼が体と経験の全てで作り上げた彼のギターを観るのが好きだ。ギターの銘柄云々の前に、松島英生のギターとしてのオーラが立ち上るギター。そして彼は今月の11/22からさらに冒険をする。この日から365日、毎日ライブをするというのだ。11/9はその直前の最後の大一番だと彼は笑った。


彼は前にユメイマに出た時に「人は自分をロックと言うがなんや俺にはようわからん」というようなMCをしてた。アタシ、版画家時代から人が指さすところのロックとは何ぞやってずっと思ってきたんだけど、やっぱりアタシにとってのロックとは喪失の美学なのね。あれも出来ない、これも捨てようの果てに残す自己存在の究極なエッジなのよ。世の中はなんでもできると人々を消費に走らせるけど、全部をやりたい奴なんて実はいなくて、自分のやりたいこと一つを究極にかなえるためにアタシたちは可能性を棄てて、アタシにはこれだけってとこで勝負をかける。それがアタシの思うマインドロックであり、彼にはそのマインドロックがある。今すごくHOTに愛している東京梁山泊にも泣きたくなるほどそれがあるね。そしてロックをやる人よりも人々はマインドロッカーを求めているんだ。


ギター一本でバンドに存在感で勝つ弾き語りが存在するのは、そしてアタシが三フレッド目から先をいかないコード進行で企画ライブやらブッキングライブやらでバンドぶっ潰すなんて涼しい顔で思えるのは、多くのロックを標榜するバンドが足し算こそを美学だとはき違っていきがるからだ。音数を増やせば、音色を増やせば人を引き付けると安直に思っているからだ。君らのそれは音楽ではあるけど、精神的なロックじゃねえよとアタシはいつだって思ってる。ああ、だからこの世界がくだらなく思えてアタシは年間に10本も企画を打つなんて無茶をする。そしてそういう男だから大事な女にむけてI WANT YOUなんて優しい歌を歌えるんだぜ。最後に聴けって、そして9日は最初にみて頂戴。一番最初にうまいものを出せない店も企画もフェイクだからな。



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