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2008年11月12日 (水)

かつてアタシは組織をひとつ潰した。

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今夜のお役目。

11/12(水)浅草KURAWOOD

OPEN 18:00 START 18:30
ADV1000円+1D
 DAY1500円+1D
共演/ じゅんた/はじめろん/しんたろうこうたろう/

角刈り デートクラブ/戸田賢吾/今西太一
野狐禅も共演した大阪の重鎮今西太一との共演の夜!
なんと7組で1000円+1D→ブログでみたとお伝えください。

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 かつてアタシは組織をひとつ潰した。三年前のことだ、きっかけは飲みの席での情報交換の面白さだったが、今思えば付き合ってた男に無用な心配をかけたくないが人脈を増やしたい、という動機が主だってた。暁まで飲み明かす仲間でありたいと思ってアカツキ会。当時の男が終電を逃しただけで激怒したから、実はアタシは朝まで飲むことはなかったんだけど。当時初めての海外旅行をNYで経験する前後であって、むこうの人たちがジャンルにかかわらず交流してる姿をみてアタシも自分の周りにこういうのが欲しいと思ったのだ。でもなんかパーティーは違う気がしてた。そんな時思い出したのが絵葉書収集の会に出入りしてた時、その常連たちが職種をこえ呑み友達をしてる姿であって、やはり日本でカルチャーを広げるには酒を飲んで慣れあいとか付き合いから輪を広げるのが一番いいんじゃないかとアタシは踏んだのだ。

 

 で、当時はステージに出てなかったからイベントの作り方も良く判んなかったので、飲み会だったら出来るんじゃないかなと思った。アタシの入れ物は女だ、生理的にきめ細やかなケアはできる。イベンターはハードルが高いけど幹事ならいけるはず。ホットペッパーのページをめくりながら適当な店を探して予約の電話を片っ端からかけた。大人の食事会から始めてパーティーにたどり着けばいいと思った。


 当時書いてたメルマガで開催を宣言し、あとは職種に関係なく個性的で話していて面白い人間に声をかけた。マンネリを防ぐために開催地を変えながら、毎回ゲストと称して親の参加者を決める。で、あとは浮かないような合いそうな人間を選んで新しく声をかけていく。たとえば夏フェスの後の会はフェスの常連みたいな友達をFIXしてロック好きで話が盛り上げるような空気を作ったり、ちょっと勢いのあるアーティストを呼んだ時はその作風が好きそうだったり、これからイラストレーターになりたい若い子に声をかけたりとかそんな感じ。飲み会専用のメーリングリストを作成して新しい参加者が増えるとその人のプロフと印象を紹介文にして開催日まで送り続ける。そうすれば初参加でも興味を持った人が話かけてくるのでいきなり浮いてしまうことはない。実際人見知りしそうな人間が入る時は、相性の良さそうな仲間に耳打ちして話しかけてくれるように頼む。後半は言わなくても常連がその役を引き継いでくれたりしてありがたかった。


 ルールは各自名刺を作ってくること、アーティストはファイル・音楽家は配布音源をもってくることを奨励した。これはアタシが画廊のオープニングパーティに参加した経験から作ったルールだ。とにかく自分が何者かが速攻で伝わることが人脈づくりのスピードを決める。この習慣さえつけば、アタシの展示のオープニングパーティーに彼らが来てくれても浮くことはない。ネットワークビジネスと宗教の勧誘は禁止、同性愛者もアジア系も垣根なく声をかけるのであからさまな差別をしたらぶん殴るぜ、と伝え、あとはお勧めのものを持ってこい、情報交換をしようぜとけしかけた。小さいスピーカーとかCDとか、PCも持って来てもらったりして個室はさながら人間に対する好奇心さえあれば大層刺激的なカルチャーの発信基地となった。

 

 眼の前でコラボの話が進んだり、後日参加者のイベントに顔を出すと別な飲み仲間がいたりしていい感じで成熟してた気がする。海外で展示をするほどに、雑誌に作品が載るたびに面白い人脈がつながってくるこの会はアタシの勢いのバロメーターであり、源だった。実際NYの図書館に作品が入った時には参加者は50人を超えたりしてたし。類は友をよび、集まる人間はオーガナイザーの人格を象徴する。声をかける人間を間違えばアタシの人格が即疑われるので、人を観るのも慎重になった。

 

 4000円の呑み代払ってアタシは二杯くらいしか酒が飲めず、帰りは空腹であってもアタシはそれなりに幸せだった。内気な天才と思っていた当時の彼もそれなりに受け入れられて新しい飲み友達が増えて遊びに行き出したり、そんな過程を共有もしたかったし(アタシは自分の男を世界で一番自慢したい願望が常にある笑)幹事として飲み屋のFIXから人数の報告、遅れてくる人間のための呑み代の調整とそういうの全部、ここまで甘えて生きてきたアタシにはやって当然の作業だと思っていた。でも、これがいけなかった。


 アタシは必要以上の権力を行使したくなく、これは皆の会だ、というスタンスをとったが、参加者はわがままになっていった。アタシに対しての陰での批判をわざわざ伝えてきたり、セクハラ発言の仲裁、自分のルールを持ち込んで暴走する常連、アタシはできれば目上の人間は立ててあげたかったが、立てた相手はつけ上がるし。この辺の人間関係の調整作業のパーセンテージが上がったとき、アタシには限界の二文字が浮かんだ。いつも会計をサポートしてくれた子にアタシは「会計という役職で助けてくれないか?」と頼んだが彼は言った「影のポジションはいいけど実際には背負いたくないんだ、ご免」この時に最後にしようと決めた。人に頼まなきゃいけないとこまでキャパをこえたものは終わりだ。


 閉会を伝えた時、アタシに届けられた声はこうだった「うん、いいよ、これで終わりで」

この時にアタシはだから終わりなんだなと思った。その後、名前をかえて未練がましく再開したんだけど、もう初期の勢いはなかったな。これで終わりでいいんじゃね、お疲れ様と言われた時にアタシは自分の失敗を悟った。


 いいと言われる会もイベントもまあ音楽や絵画も含め実は腐るほどある。事実最近の企画だって集客が弱小だろうが参加してよかったと毎回言われてる。でも、そうなんだよ、いいといわれるものなんて腐るほどあるんだ。でも、何かが終わろうとした時にこれは絶対に価値があるからやめちゃ駄目だって人が動くようなものしか時代をこえて生き残れないし価値なんか語っちゃいけないんだよ。


 当時の参加者には大変に申し訳ないけど、三年たってもアタシの感想は変わらない。大量の依存者と、その場限りの都合のいい娯楽でしかなかったアタシの会はアタシの崩壊と同時に杜子春のように消えた。そして霊能者になっちゃうというありえない混乱の渦中で鬱にも引き籠りになった時、アタシは再び一人になった。あんなに「こんどーさんこんどーさん」と近寄ってきた人がアタシが血を吐くように自分でありたいとあがく過程に逐一突っ込みをいれたり、中にはアタシに霊能者をやめさせようと思って友人を差し向けたなんて自慢げに語ったりするたびに喧嘩し、アタシは彼らを本気で切り捨てなければならない事態になった。いじけた彼らがアタシへの非難をしてると人づてに聞いたけど知ったことか。アタシは言ってやるさ、お前らどんだけあたしのお庭で自分勝手な夢を観てきたんだよ?これ以上を望むなら自分のお庭は自分で作れって。アタシがあなたに教えられるのは庭の手入れの仕方くらいだよと。


 それでもなぜなんだろう、アタシは馬鹿みたいにアンダーグラウンドカルチャーを作る夢を観てしまう。失敗しても思い立ったように、前回はこれが駄目だったから今回はとか考えてノートにアイデアを書き連ねてしまう。アタシはやっぱり希望が好きで、誰かに触発されることで世界が広がる瞬間というのを共有したい業がある。それに、音楽を始めたアタシはやっとこさっとこプラマイゼロで関われる人間関係を作り始めている。師走の12/2736.5℃に一日箱借りの予約をした。「幡が谷junction」と命名したこの会でアタシは三回目の飲み会から始まる人脈づくりの挑戦をする。

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12/27(土)幡が谷36.5℃ open18:30 start19:00

年末異業種交流会「幡が谷junction」

フード付き2000円+1Dオーダー

Guest Live:815 /冒頭に六九狂ヴィヴィアンライブあり

飲み会という名の業種交流会、ファイルやお勧めの音源やら自分の音源やらを

持ち込んで人脈を広げましょう。

 30人前後で閉め切りますので参加希望の方は早めに意志表示を。

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コメント

アカツキ会の最初からいた人間の一人として…
今いろんな思い出がフラッシュバックした。

幡が谷junction伺わせてくださいな。
後ほどお家訪問の件でもメールすんね。
(こんなとこにそんな私信)

投稿: てれさ | 2008年11月12日 (水) 16時06分

あぁ、人望………‥

投稿: 人 | 2008年11月13日 (木) 00時40分

てれささま>まってます。

人さん>あなた何気におもしろいかも。

投稿: ヴィヴィアン | 2008年11月13日 (木) 01時02分

私もいろいろと思い出した・・・。
思えばあの会が無ければ華道家を目指そうとは思わなかったはず。

幡ヶ谷ジャンクション、行きたいのですが、その時間に間に合いそうになさげです・・・無念。

投稿: ハネダアズサ | 2008年11月14日 (金) 23時03分

うかがいます
よろしくおねがいします

投稿: イダヅカマコト | 2008年11月16日 (日) 02時10分

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