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2008年9月21日 (日)

戻れぬ誤解。

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9/21(日)幡が谷36.5℃『LOVE&FREE vol.2』
OPEN18:00/START19:00/¥2000(1ドリンク付き)
戸谷光・六九狂ヴィヴィアンほか
MC/宇海 アタシ二番目19:30くらい。

それに気づいたのはリハもそろそろ終わろうとする時だった。足元の機材を動かしている最中、目をやった壁の異変に今さら気づいた。「なぜアタシの作品があそこにあるのだ?」

それに違和を感じなかったのは直前のるっぱ(ヤパニ・カゲロウその他で活躍するサックス吹き)の誕生会で同じ絵を出していたからだろう。その延長でいたが、突然に「まてよ、ここの店に作品を置いた記憶はないぜ?」


話は一年前にさかのぼる。アタシはその作品を曙橋のギャラリーで展示していた。作品が売れたのはアタシのギャラリー不在の日だった。売れた作品に対して御礼状を挟むことにしていたアタシはオーナーであるところのアイショー君に購入者の名前を尋ねたが彼はそれを濁した。「う、うーん、実は名乗りたくないっていうんだよ。」「なんで?」「作品を好きになって購入したわけだから作者と特に情を挟みたくないんだって」「よくいるの?そういう人?」「ん・・・まあね。」アタシはわかったといってため息をつき、これだからアートの世界はもう好きじゃないと思った。アタシは積年の疑問とこの時に直面した感情をだぶらせた。海外に進出するあたりからアタシは自分の版画を買う人の顔が徐々に見えなくなった。そしてアタシの作品は、誰かを一生かけて元気づけるものから、将来の価値を見越して流通させるものって見方をされ始めていた。アタシはこの日、作品が遂にガチのコレクターに買われたんだと認識した。将来的な転売のために名前を名乗らず情を通わせない人種との交流のためにアタシは作品で血を流してんじゃねえよ。ステージを見てくれる客は大半が見ず知らずの人だが、生身の自分でガチに同年代と対話することに長年求めていた居場所を感じた自分はこの一件で本当にアートへの関心が薄まってしまったのだった。それからまるまるほぼ歌うたいとの日々を過ごしたある日に、幡が谷に移転した36.5℃でアタシは自分の作品と対面をしたのである。


「のぶさん、なんで?なんで作品があるんですか?」「んん、そのとある紳士が置いていったのだよ」「とある紳士って?」「まあ、この作品はここにあったほうがにあうんねんっていってさ」「ああっ!!」アタシはその口調で思い当った人物がいた。D氏だ。デザイナーで弾き語りするD氏。いきさつはこうだった。ある日アタシが展示中なのを知ったD氏はMOTTを訪ねた。そしてアタシの作品に出会い、思いがけなく気にいってしまった。でも本人に素性がばれたら知り合いだから買ったと思われかねないし悔しいから名乗るのをやめよう。それが前述の言葉になった。そして彼はまだ渋谷にあった36.5℃に作品を持っていき「本当はうちに飾りたいが店を移転したらこいつを飾ってやってくれ、自分の作品を前に歌を歌うって乙なもんやろう?それに、偶然にライブしに行った店で自分の作品に再会する!こうやってドラマをつくるんや!!」と言ったらしい。


D氏の目論見は成功した。しかし、そこに至るまでの誤解はとんでもなくデカかった。アタシは結果的にあの日を心の区切りとしてアンダーグラウンドに大きく傾斜する決心をし、美術を棄てた。ギャラリーからの展示の依頼はなくなり、アタシはジャンルレスなイベンターとしての道を歩み始め、多い時で月8本のライブをこなす歌うたいになった。取り返しのつかないディープな世界に沈んだアタシは時代がアタシに三顧の礼でもしない限りビテチョーに載ることも横トリに出ることもないだろう。アタシは椅子に座ってストライクを口にくわえてクツクツと笑った。クリスマスの金時計の話じゃないけどさ、まあ人生ってこうやって狂っていくんだよ。悪くないけどね。この日のアタシの客はゼロでアタシだけがアタシの再会を楽しんだ。さて二回目はどうなるんだろうかね。


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