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2008年8月26日 (火)

愛の穴は愛でしか埋まらない。

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 NIRVANALITIUMじゃないけど、アタシには17歳くらいから架空の友達がいる。
これは霊じゃなくて本当に想像で作ってた。アタシの愚痴とか話してるうちにどうしようもなくなって泣き崩れてしまうとこまでも、何も言わないで黙って聞いてくれるそういう女の子を自分をプロトタイプにして作り上げている。

 君はあんなにたくさんの人間に囲まれていながらどうして君は一人か?と聞かれ続けた問いを払拭すべく、アタシはものすごくもがいた気がする。アタシだって好きでそうなってたわけじゃないし、本当はリリーフランキーの東京タワーよろしく人の集まるおうちに憧れてた。でも、喉をこわして何か火事騒ぎとか色々あって胃を壊す水曜ごろにはわかってた、もうこれは体力だけの問題ではないと。「与えられない愛情の代替え品として走らされるのはもういやだ」とアタシの深層心理が訴えていた。まいったなあ、とアタシは思いながらでも生き方なんかそう簡単に変えらんないでしょうよ?と答えていた。16日にはイベント楽しんでへらへらしてたアタシは絶対にアタシにはありえないという思想に辿りつていた。音楽をやっていく動機を見失った。

 アタシは居場所が欲しかった。10年前に詩人に挫折した時、TVに映る知り合いに動揺するアタシに当時の彼が言った「お前はもう終わったんだ。」という言葉を払拭したかったのかもしれない。すごく誤解を招いているのは知っているが実はアタシはド繊細だ。大学時代にやった学部を超えたグループ展でほかの学科の人たちと展示した時、無邪気に交流したくて話しかけ続けたアタシに級友がいった「昨日のお前のいなかった飲み会でさ、お前の詩の朗読が賛否両論になったんだぜ、もうやめてほしいなんて奴もいたよ。」楽しそうに話されたがアタシは思った「社交辞令かよ、自分から交流しようと考えたアタシが馬鹿だったぜ。」70人集めた展示のクロージングパーティーは途中まで最高に楽しかった。「来てくれてありがとう!」と笑顔であいさつした中にいた三人の客にこう言われた「今度あなたをよってたかって泣かす鍋の会をやるわ」それから一週間、涙も出ない悔しさで暗澹としながら「どんな場面でも気が抜けねえ、でなきゃヤラレル」とアタシは思った。

 たまたま電話した相手がすごく落ち込んでて話を聞いてうちとけた後で、今度はアタシが泣きごとを言ったりすると「考えすぎじゃない?」とか「誰かに話を聞いてほしい気持ちはわかるけど、それはあなたの問題じゃない?」と切り返される。アタシ、アンタが落ち込んだ時にそんなこといわなかったぞ?と思いながらやっとの思いで御礼だけ言って電話を切る。そんなすべてのやりきれなさをアタシはライブとか革命思想だとか負けたくないとかそういう何かにぶつけた末にその果てで救われると勝手に盲信して体にNOと言われた、それがきっとすべてだ。

 二年前に手痛い失恋をした時に相手が言った「恋愛の穴を恋愛でしか埋められないのは凡人です。」アタシはその言葉にキレてこいつとわかりあうのはやめようと思った。二年たったが答えは変わらない。愛の穴は愛でしか埋まらない。報われない気持ちの代償として存在する何かなんてない。だからヤスラギに来る客の気持ちはわかる、お金を払って霊能力者なんて生き物に自分の気持ちを吐き出しに来る人間は皆どっか自分の気持ちを置き去りにしてしまうほどに優しくて繊細な人が多いのだ。最初の一言めで泣き出してしまう相手にティッシュを渡しながら「アンタの痛みは他人事じゃないよ。」といつも思い、「あなたのその不幸は必然だなんて馬鹿なことは絶対に言うまい」と誓う。

 金曜日のライブを見てくれたベテランの高井さんに「冬から比べても全く上達していないのは驚異的だが今夜のお前は今まで見た中で最高に殺気だってて格好良かった。」と言われ、野菜ジュースで動けなくなった体で横になりながら翌日、「ほんまかいな」と思いながらヴィデオをみた。本当だった。自分でいうと相当に馬鹿だが「くわっこいいな、オイ」、と言いながら一瞬起き上がってしまうくらい殺気だっててやばかった。アタシはいつだってそうだ、覚えてるコードが少なかろうがジャカジャカ弾きしかできなかろうが歌詞を間違えようが、アタシはアタシ史上一番格好いいんだ、下らないバンドがどんなに馬鹿にしても信念で立つアタシは最高にクールだと信じられたから客がゼロのホールでもやり続けることができた。それを貫き通すためにアタシは自分を追い込まなきゃいけなかったし、本当に自分に引っ張られた人間を見極めるためにアンケートも取らなかった。紙にあとで感想を書いてもらえると思うと客の反応を観察する意識が緩みそうでいやだったから。

 アタシには本当にいろんな人が絡む。「その人脈が目当てだ。」と公言してかかわる人もいるし、スゲエ純粋な目で見てくれる子もいるし、嫉妬とか羨望の入り混じった感情でそれなりのポジションをアタシの中に示したくて荒さがししてる奴もいる。ずっとそういうの訳が分かんなかったけど、アタシは知ってる、たぶんこういうのカリスマって言うんだろ?規模の大小にかかわらずさ。

 世界は平和に向かって進んでいくべきだ、と思う。LOVEとかPEACEとか言えたらよかろう。率先してそれを口にすることの正当性はもっともだ。でも、中にはその一言に向かうためにたくさんの泥を吐かなければならない奴もいる。感情で回ってるこの世界はトータルでみたらキレイなんだと思うがキレイごとでは回らない。森山直太朗の新譜の言葉は正しくて、アタシの不在に世界(周り)はたぶん三日でなれるけど、それはでも実はすべての人に共通する存在の軽さであって、時々それは自覚してしまうと耐えがたいけど、問題はいつだって何を残すかなのかもしれない。

 アタシが音楽始めたことに意味なんかない。でも思い悩んで七転八倒してるアタシがカッコいいと信じられる場所がなきゃやっていけない。で、どんなに恥ずかしいと言われてもアタシはこのスタイルを変えられない。闇よりも深く闇を照らすんだ。長くなっちゃったけど感想はもとめないぜ。今日は完全にオナニーのつもりで書いたかんね。

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